身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 私が勤務するジョインコネクトは電子コンテンツの制作や配信、販売を手がける業務内容。

 私はシステムについての専門の知識はない。
 そのため、いくつかの取引先とは共同してアプリを開発する部署のフォローと、データの納品やスケジュール管理、売上管理から請求書の処理など……主に務的な仕事をして四年。

 もうだいぶ仕事には慣れて、楽しさを実感しているところ。

 オフィスに着いてエレベーターを待っていると、後ろから声をかけられた。

「お。ちょうどいいところに。時雨、今日午前中ちょっと付き合って」

 彼は友廣(ともひろ)さん。年齢は三十三歳で開発部門のリーダー。
 とても仕事ができる人で、我が社には欠かせない人材。

 インフラ企業でエンジニアを続けていた彼は、うちの当時のリーダーに引き抜きされたらしい。そのリーダーは今やジョインコネクトの副社長だ。

「はい。どこかへ行くんですか?」
「取引先の〝レイン〟に打ち合わせ。明日だったのが今日に前倒しになった」

 気怠そうな顔で答えてはいるが、彼は仕事となればちゃんとするってもう知っている。
 それに、怠そうにしているのだって、おそらく昨夜も自宅で遅くまで仕事をしていたからに違いない。

「例のマンガアプリの件ですね。そういえば、ウェブのCM見ましたよ。THE少女マンガって情報が詰まってましたね」

 私は到着したエレベーターに乗り込んで、ボタンを押しながら話を振る。

「あー、そうだ。時雨はひと目惚れ否定派だったか」

 私に続いてエレベーターに乗った友廣さんは、腕を組んでニヤニヤして言った。

「否定派といいますか……前も言ったかもしれませんけど、実際には戸惑うと思うんですよ。逆に警戒しちゃうっていうか」

 経験したことはないけど、仮に『ひと目惚れしました』って告白されたとして、自分は相手をまったく知らない状況だとしたら、やっぱり喜びより疑いのほうが勝りそう。

 ……なんて、現実に起こりえない話なんだけど、前回の打ち合わせの後で、友廣さんとこの話題で盛り上がったんだよね。

「まあな。でも案外、軽いノリで『じゃあ試しに』ってくっついたりするんじゃねえか?」
「うーん……想像できません」

 眉を寄せて渋い顔で答えると、友廣さんは可笑しそうに声を上げる。

「はは。ま、現実にはあんまりなさそうだし、ゲームの中の話かもな」
「なるほど。そのパターンは確かに二次元では王道であり、三次元では奇跡ですね」

 ちょうどそこで、友廣さんが降りる階に止まった。

「じゃ、十時にロビーで」
「わかりました」

 そうして、私は友廣さんに会釈をして、自分の部署へ向かった。
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