身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 昼前には取引先を出てオフィスへ向かっていた。
 もうオフィスは目と鼻の先といったところで私が口を開く。

「既存アプリの改善案と並行して新しいものを制作依頼って……ありがたいですけど友廣さんがますます忙しくなりますね」

 友廣さんはほかにも数件仕事を抱えているし、リーダーなのもあって全体をきめ細やかに見なければならない。
 けれど、今日の取引先の担当者は友廣さんを気に入っている様子だったからほかに回すってわけにもいかなそう。

「暇より忙しいほうがいいよ。必要とされるうちが華ってね」
「でもあまり無理しすぎると身体壊しますから……」
「わかってるよ。ちゃんとほかの人にも割り振るし。時雨を連れていったのは俺が楽するためなんだから」

 さらりと聞こえた言葉にきょとんとする。

「え? 私はシステム設計の知識は皆無ですよ」
「時雨がまとめた資料はシンプルかつ正確でいいんだよ。取引先からの要望がわかりやすくなってていい」

 友廣さんは普段から愛想のいいほうではない。かといって、冷たい人ではないと社員のみんなが周知するところだ。
 だからこそ、そんな上司から褒められて、私は素直に喜んだ。

「お役に立てているならうれしいです」

 すると、逆に友廣さんのほうがちょっと照れたようにして私から顔を背けた。

「時雨が入社するって聞いたときはなあ。全員で顔見合わせて、微妙な空気になったもんだよ」

 友廣さんは悪気なくカラカラと笑って言った。しかし、私はちっとも嫌な気はしない。
 なぜなら、今初めて聞いた話ではないからだ。

「何度も聞きましたよ。私を扱いづらいと思っていたんですよね」
「そりゃあね。名字ですぐわかるだろ。本社名と同じなら会長と血縁関係にあるんだろうなって。差し詰め社会勉強のつもりで軽い気持ちで来るんだろうなあってさ」

 確かに、時雨グループ会長の孫娘なんて肩書きを知れば、みんなは腫れ物に触るように接するだろう。現に入社直後は本当にそんな感じだった。

 友廣さんもその頃を思い返している様子で、顎に手を添え宙を見つめていた。
 そして、ふいに吹き出す。
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