身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
《梓さん? こんばんは。今、話していてもいいですか?》
「え、ええ。大丈夫です」

 なんだろう。

 一度しか会ってないせいってのもあって、やたら緊張する。
 仕事でも電話はしょっちゅうする。しかし、こんなに緊張はしない。

「えと……なにか御用で?」

 いまだ自分の部屋だというのに座れもせずに立ったまま話していると、彼が耳に心地いい声色で言った。

《昨日はありがとうございました。それで改めてお会いしたいと思って。お誘いの電話です》
「えっ……」
《梓さん、今週の土曜日のご予定は? もしよければ一緒に出かけませんか?》

 誘い? 私を? ってことは、やっぱり昨日の発言はそのままの意味だったんだ。

 私は『縁談を進めたい』と言っていた彼の言葉を思い出し、絶句する。

《都合が悪ければ、日曜日でも》

 成さんは私がすぐに返答しないため、代案まで出してくる。
 男性から誘われる出来事自体久々過ぎて、年甲斐もなく狼狽える。

「いや、その、土曜日は空いてますが……」

 私はてっきり、もうお見合いは当日で話が終わるとばかり思っていた。こんな展開考えもしてない。
 しどろもどろになって返答するや否や、電話口から明るい声が飛んできた。

《本当? よかった!》

 落ち着いた雰囲気の彼からは予測できない反応にびっくりする。すると、成さんが気恥ずかしそうに声のボリュームを戻して言った。

《……あ。じゃあ、時間や待ち合わせ場所などは改めてメッセージで連絡します。ではおやすみなさい》
「あ、はい……。おやすみなさい」

 結局最後までたじろいで通話を終え、茫然と立ち尽くす。

 喜んでた……よね? うっかり口調も砕けて慌てるくらい。
 なに、これ。いったいどうなってるの? どうして成さんはあんなに……。

 あの瞬間の彼の声を思い返し、たちまち顔が熱くなる。
 ドレッサーに映った自分と目が合った。耳まで真っ赤でさらに恥ずかしさが増す。

 彼も彼だけど、私もどうかしてる。これしきのことで動揺して、ひとりで顔を赤くしてるなんて。

 ドクドクと動悸がしてる。
 その意味を深く追究はせずに、そそくさと寝た。
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