身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「なにか難しいこと考えてるね」

 頬杖をついた成さんにくすくすと笑われ、我に返る。

「あっ。いえ、なにも……!」
「ま、いいけどね。とりあえず、現段階は君がここへ来てくれた事実だけで満足してるし」

 どこまで見透かされたかはわからない。
 しかし、彼はそれ以上詮索する素振りも見せず、穏やかな雰囲気を纏ったままだ。

 思考を戻して。
 なんにせよ、私の利用価値なんてほぼないに等しいと思う。

 唯一上げるとするならば、会社同士の繋がりを強固できるくらいだろうか。
 よくわからないけど、目の前にいる彼はなにか謀略を巡らしているとは思えない。

 両手でマグカップを持って、口につけながら正面の彼を盗み見る。
 瞬間、成さんがポケットに手を入れ、テーブルにカードキーを置いた。

「まずはこれを渡しておくよ」

 彼が出したのはこの部屋のキー。

 ここで生活をするならキーがないと困る。とはいえ、簡単に受け取るのも憚られた。

 成さんは躊躇する私に構わず、スッと私のほうへキーを押しやる。

「家にあるものは好きに使って。必要なものがあるなら買うし」

 そう言われて、自然とキッチンに目線がいった。

「ここの調理器具は……」

 さっきコーヒーを淹れるためにキッチンに入ったとき、違和感を抱いた。

 理由はなにかと探ったら、炊飯器やレンジが見当たらないせいだと気づいた。
 もしや、鍋などもないのでは……。

「ああ。料理しないから買ってなくて。梓さんが必要なら、これから買い揃えに行こうか」
「でっ、でも成さんは、これまでなくても生活できていたんですよね? 私が来たがためにっていうのは」

 ちょっとした調理器具なら、今は百円で揃えたりもできる。が、さすがにレンジ等の電化製品となると……。
 第一、約束の期間を終えた後、不用品になるのがわかっていて買うっていうのはどうなのか。

 悩んでいたら、成さんが言った。

「じゃあ、今回をきっかけに俺も少しは料理するようにするよ。だから気にしないで」

 うーん。それならいいのかな……? なんかもうよくわからない。

 首を傾げて判断を下せずにいるうちに、成さんはコーヒーを飲み干した。

「それ飲み終わったら早速買い物に行こうか」

 まただ。成さんの優しい笑顔に不思議と従ってしまう。

 そしてカフェオレを飲んだ後、私は再び彼の車に乗って出かけた。
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