身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 先に入浴を済ませた私は、リビングで仕事をしていた。
 その間、成さんは私と交代でお風呂に入っている。

 自宅で仕事をするのはときどきだ。
 今、向かっているものもまだ時間に猶予はあるんだけれど、ひとりでリビングにいても手持ちぶさただったからノートパソコンを開いただけだ。

 そうこうしているうちに、成さんがやってきた。

「あれ? もしかして仕事?」
「ちょっとした確認程度です。もう終わりました」

 彼は「ふうん」と言いながら片手でタオルで髪を拭き、私の隣に座った。
 右側の座面が少し沈んだ反射で顔を向ける。

 彼の濡れた髪から滴った水が、たくましい首筋をなぞって落ちた。
 私はすぐに目線を手元のノートパソコンに戻す。

 ラフな姿はアンニュイな雰囲気を感じさせ、彼のそれは色気に直結している。とてもじゃないが、直視できない。

 目のやり場に困った私は、十一時を示した掛け時計を見て白々しく立ち上がる。

「あ、もうこんな時間ですね。成さんは明日、何時頃出るんですか?」
「七時過ぎかな」
「じゃ、その時間に間に合うように色々用意しますね」

 ダイニングテーブルでノートパソコンをバッグにしまっていたら、スッと影が落ちてきた。

「大丈夫? 今さらだけど負担じゃない?」

 成さんを見上げるも、パッと顔を戻した。

「はい。元々早起きしてるので。ここからだとオフィスまで近くなったので、かなり余裕あります」

 あからさまに避けすぎたかな?

 自分の行動を反省しつつも、心の底では『でもどうしようもなかったんだもん』とつぶやく。

 私こんな様子で、三か月も大丈夫なのだろうか……不安しかない。

「そっか。ありがとう」
「そろそろ休みましょうか! 今日はあちこち買い物へ行って疲れたと思いますし」

 正直私も疲れたし、ひとりでゆっくり落ち着きたい。

「そうだね。明日からまた仕事だしね」

 ようやく今日が終わる。
 ホッとして廊下に出た成さんについていき、はたと気づく。

 そういえば、寝るときのことまで頭が回らなくて、なにも寝具関係を用意をしていなかった。
『好きに使って』と言われた部屋にはベッドはなかったはず。もしかしたら、クローゼットの中に布団があるのだろうか。

 私は与えられた部屋の前で立ち止まり、おずおずと彼の背中に声をかける。
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