身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「それは知ってる。ただ代役が私って……。そもそも代役って」

 代役立ててまでする必要ある? 第一、なんで相手方は私でもいいって言ってるんだろ。
 ああ、でも大人の事情がゆえの建前でやるべきなのか。
 とはいえ……。

「お父さんはお義兄さんに弱いから。まあ、いい経験じゃない。なかなかできないわよ~。お見合いなんて!」
「ちょっ……お母さん、随分軽くない? 娘の一大事だと思うけど! まさかお母さんが擁立してるんじゃ」

 こっちは深刻だっていうのに、めちゃくちゃ軽すぎる!

「あら。別にそういうわけじゃないわよ。梓、お相手の釣書見てないの? すごい男前よー? 肩書きも素晴らしいし、噂だと人当たりもいいそうだし」

 釣書……? よくあるお見合い写真とかそういうやつ? ってそれよりも!

「やっぱり! お母さんがそうやって軽く考えてるから、お父さんもその気になって私はこんなことに」
「まあまあ。人生、何事も経験よ。いいじゃない。今の時代ならお見合いって言っても昔ほど重い話でもないでしょ?」
「重いかどうかなんて知らないよ。私、未経験者だもん」
「そう言われればそうねえ」

 マイペースな母と話していたら疲れる。
 これ以上は埒が明かないと判断した私は、重い足取りで自分の部屋に戻った。

 ベッドに腰をかけ、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 ああ。私も一応〝社長令嬢〟ではあるけれど、周囲には気づかれないほど普通だし、学生時代なんかはまったく影響なく過ごせていたのに。

 そりゃあ社会人になってからは、時雨グループに就職したのもあって、名字からすぐに関係者だってバレたけど。
 それでも、お見合いなんて私の人生に介入する予定はなかった。

 クルッと身体を横に向け、スマホに手を伸ばす。友恵ちゃんへ最後に送ったメッセージを見た。

 やっぱり既読になっていない。

「はあ」

 ため息だけが零れ落ちる。

 それにしても、あの友恵ちゃんが……。

 控えめで女の子らしくて、やさしくて可愛くて。成績もよかったらしいし、およそ欠点なんか見当たらない彼女。

 最後に会ったのはいつかな。たぶんお正月だったかも。

 引っ込み思案なところがあって、恥ずかしがりやで自分の意見も言えないおとなしい子だった。だから今回の家で騒動は未だに驚いている。

 もしかして、この数か月でなにか変化があったのかな。
 友恵ちゃんが心配な気持ちが大きくて、お見合いについての恨み言など一切ない。

 しかし……鷹藤の人も友恵ちゃんとは見た目も中身も全然違う私が行けば、さぞびっくりするだろうな。気の毒……。

 そこまで考え、ガバッと上半身を起こした。
 それから、手の中のスマホに意識を注いで操作する。

 いくら破談目的のお見合いとはいえ、私だって恥ずかしい思いするのは嫌だ。せめて作法やマナーくらいは頭に入れていこう。

 数分インターネットで勉強するも、形式もなにも情報がないためどうも身が入らない。視線を上げてぼんやりと壁を見つめる。

 いづみ銀行の次期頭取、か。きっと向こうはとっくに友恵ちゃんのプロフィールは知っていて、私は彼女と比べられる。
 そうしたら、あまりに差がある私に即刻拒否する可能性もあるよね。

 相手が私を拒絶したら、それで話は終わり。……なんだ。もしかして、悩む必要ないかも。気が楽になってきた。

 私はひとりで都合よく解釈し、気持ちを切り替えたのだった。
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