身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
 あれから約一週間が経った。

 涼しくなってきた九月の下旬。ついにその日はやってきた。

 私は両親とともに、格式高いと有名なラグジュアリーホテルにやってきた。

 ここは素敵な和モダンな造りが人気だとメディアでよく取り上げられるから知っている。

 父なんかは時折こういった場所に来る機会はあるのだろうが、まだ二十代そこそこの私にはまるで他人事。
 そのはずが、こうして足を踏み入れているのだから、人生ってものはわからない。

 私は綺麗に磨かれたガラスに映る自分に目がいった。

 クリーム色の生地に、淡いピンクやオレンジの花輪が描かれた訪問着。
 着物を着たのは成人式くらい。あの頃よりは、少し大人になって着こなせているだろうか。

「うーん。やっぱり梓には少し可愛すぎる着物かも」

 背後から母の声がして振り返る。母は今もなお私の姿をまじまじと見ている。

 実はこの着物は、友恵ちゃんが着るはずだった訪問着なのだ。
 伯父が今回の一件に多少なりとも申し訳ないと思ったのか、私に着物を買うって言ってたらしいのを、私は全力で断った。

 そこまで施しを受けちゃったら、お見合いを成功させなきゃならないプレッシャーがすごそうだったし。
 残念ながら伯父の期待には応えられないのだ。

「否定はしないけど、わざわざ買うのもどうかと思ったの! 伯父さんもこの日の着物だからって譲ってくれたんだし。もういいよ、これで」

 私は母に素っ気なく答えて、スタスタと案内された控室の方向へ足を進めた。

 どうせ数時間で終わる会。好みの色や柄じゃなくったって、一向に構わない。むしろ、似合っていない訪問着で第一印象を微妙なものにするっていうのも悪くない。

 後ろで母が「でも~」と口を尖らせている。
 母は一貫して今回のお見合いに前向き。楽観的なところは一周回って羨ましく思える。

 私は内心ため息を吐いて、控室に入った。

 室内は綺麗な生け花が飾られていて、清潔感もあり、控室にするにはもったいないほど素敵な部屋だった。
 ここでこれほどの部屋なら、このあと顔合わせをする場所はどれだけのものなのだろう。
 想像できないし、場違いな気がしてならない。

 今どきなら、ちょっといいレストランとかで済ますのかと思っていたら、まさかこんな仰々しい場所なんて。
 それでなくとも緊張するのに、ますます上がっちゃう。

 一緒にいる父もずっとうろうろして落ち着かないみたい。唯一母だけが、部屋の造りや景色を楽しんでいる。

 そこにノックの音が響いた。ドキッとして顔を上げたら、伯父の姿があった。

「準備が整ったようだ。移動しよう」
「はい」

 ひと呼吸おいて返事をし、すっと椅子から立ち上がる。

 頭の中は落ち着いていても、心臓はバクバク騒ぎっぱなしだ。歩いている感覚がなんだか変。
 転ばないようにしなくちゃ。
< 6 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop