身代わり政略結婚~次期頭取は激しい独占欲を滲ませる~
「どうだろう。あとはふたりの時間にしてあげるというのは」

 鷹藤会長がにこやかに提案した瞬間ぎょっとする。

 ついさっき、ふたりきりじゃなくてよかったって安堵したばかりだ。まさかの展開に内心狼狽える。

『あとは若い者同士で……』ってベタな流れだし、そりゃあそうなるか……。ああ、困る。

 ひとり冷や汗をかいていたら、母が「そうですね」って簡単に受け入れちゃって、私は思わず母を睨んだ。

「ちょうど今日はお天気もいいし、ふたりで庭を散歩でもしたらどう? お母さんたちは先に戻るから、梓はゆっくりして」

 にっこり顔の母を前に、心の中で大叫びする。

 もう完全に楽しんでる! っていう本気で縁談まとめにかかってる気さえする!
 確かに男っ気なくて婚期逃しそうでしかない娘だろうけど!

「では、少し歩きましょうか。梓さん」

 すると成さんがスマートに声をかけ、立ち上がる。

「は、はい……」

 こうなったら拒否権はない。

 私は痺れた足をどうにかごまかして立ち、成さんに続いて襖へ向かう。
 その間のみんなの生温かな視線がものすごく恥ずかしかった。

 襖を閉めて草履に足を通そうとした際、一気に足の痺れがきてよろめいた。
 洋服だったらバランスも取れたかもしれないが、今は着物。

 もう転ぶと思って衝撃に備えた直後、たくましい腕に身体を支えられた。

「すっ、すみません!」

 意図せず密着した身体を、慌てて離して謝った。しかし、意思とは裏腹に足の痺れはまだ引かない。

「大丈夫ですか? 正座って大人になってもつらいですよね」

 彼はそう言ってふわりと微笑み、手を差し出した。

 失態を晒して恥ずかしいのと紳士な振る舞いにドキリとしたのとで、顔が熱い。
 反射的に視線を落とした。

「あ……ありがとうございます」
「いいえ」

 この場合、厚意を受け入れないと逆に失礼だったから。

 私は自分に言い訳して、彼の手を取って草履を履いた。が、履き終えて廊下を歩き進めてもなお、手は繋がれたまま。

 これはいったい……?と混乱して、斜め後ろから彼を見上げ問いかける。

「あの……て、手は……その、いつまで……」

 たかが手を繋ぐだけでも、この余裕のなさ。いかに長らく恋愛していないかを思い知らされる。

 成さんはひとつも慌てず、足を止めてすっと手を離して言った。

「ああ。もう平気ですか?」

 もしかして、まだ足が痺れて歩くのが大変と思って?
 それなのに、私ったらほかの理由があると疑って。本当バカだ。彼は人助けのつもりで手を貸してくれていただけなのに。

「ごめんなさい! もう大丈夫です」

 眉根を寄せて、深々と頭を下げる。

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