大胆不敵な魔女様は、悪役令嬢も、疑恋人だってできちゃうんです。

◇やらかしの魔女






霖鈴月 序十日


ビリー。

専科に移ってひと月。
それは嬉しいのだけど、リディアと一緒にいる時間が減ってしまったわ。

寂しいとかじゃ無いけれど。
なんだか静かで落ち着かないの。

夕食になれば会えるのだから、がまんしましょう。





「演習?」
「そ、十日間の予定」
「そんなぁ……」

つい先日まではマリオンが魔術に必要な素材集めの為に学院外の山中にこもっていて、それを終えて帰ってきたばかりだ。

自分の研究の必要分を集めるという課題なので、希少な鉱物を必要としているビクターはまだ帰って来ていない。

マリオンは自然下でしか芽が出ない薬草の苗を丸三日かけて探し回り、手に入れてやっと寮まで帰ってきた。
リディアとおしゃべりするのを楽しみにしていたら、今度は騎士科が遠征に出かけてしまうという。

「がんばって早く帰ってきたのに……」
「じゃあ、マリオンが頑張ったから今日は一緒に居られるってことだ」
「…………前向き。無駄に」
「ひどいな、ムダってなに!」
「……どこに行くの?」
「南東のトービィ領だよ。新手の盗賊団討伐」
「盗賊団? ……心配」
「それはないって。相手をするのは王宮の騎士団だもん。私たちなんて補佐の補佐の補佐の……補給部隊、子どものおつかいみたいなもんだよ」
「うーん……がんばってね?」
「はは!」
「なに?」
「マリオンは止めろって言わないもんね! だから好き!」

騎士を志した時から各所で反対にあってきたリディアだ。
その話を折に触れ聞いてきたマリオンは『女の子なんだから』とは一度も言ったことが無い。
リディアはこれまで、それらをうんざりするほど聞いてきたのだ。

それに女性の騎士が必要な場面もあると、それも重々承知している。

「私だってマリオンがひとりで山奥に行くって聞いた時は、心配でしょうがなかったんだから。これでおあいこでしょ」
「だって私は……」
「魔窟に入っても無傷で帰るんでしょ」
「心配の量が違う!」
「そんなこと無いってば、一緒でしょ」
「無いこと無い! そんなこと言う子には、加護をつけてやる!」

マリオンは椅子から立ち上がると、指先で宙に印を形成し、はっきりとした声で詠唱を始めた。

「…………うわ、ちょっと……長い……長いって」

魔術の基礎を習ったリディアは、椅子ごと身体を引き下げた。

食堂内はざわりとし、術師科の上級生は席を離れて一番端の壁際に寄って行く。

「ムリムリ……私が保たないって!」

加護を授けられると、その維持は授けられた側の魔力量に頼らざるを得ない。
詠唱が長ければ長いほど、術式は大掛かりということになる。
大掛かりなら、必然的に消費する魔力も多い。
リディアはほとんど魔力を持っていない。
術師が側にいれば心配はないが、今回は違う。

負荷がリディアにかからないように、加護の維持の詠唱を織り交ぜると、上級生の術師がざわざわとしだす。

その様子にリディアが不安そうに周りを見回した。

「え、なに? なんですか?!」

マリオンは詠唱中なので反応ができない。
わたわたとしだしたリディアに、見るに見かねた先輩たちが、両手を突き出し、とりあえず動くなと指示を出した。

「もうすぐ終わりそうだから! 途中で止めたら貴女が危ない!」

その言葉でリディアはぎゅうと目をつぶり、びしりと身体を固めたように動かなくなった。

詠唱は程なく終わり、マリオンは満足した顔でにこりと笑って、何事もなかったかのように椅子に座り直した。

「……おわ……った?」
「終わったよ?」

息を止めていたような周囲が、一斉にほうと脱力した。

術師科の上級生がひとり大興奮している。
詠唱を主に研究している、マリオンのふたつ上、三つ星の先輩だった。

「なんで九節と三十八節を入れ替えたの? なんで七節を飛ばしたの? なんで十二節を混ぜて繰り返したの?!」
「……あ……と。明日お部屋にうかがいます」
「是非そうして!!」

説明も長くかかるから、その時間がもったいない。

三つ星以上の上級生は、自分の研究室を持っているので、マリオンは明日以降、リディアの居ない時間を使うことにする。

「…………どんな加護を……」
「物理攻撃と魔術による精神攻撃の無効化」
「…………補給係にどんだけ……」

騎士科の先輩とリディアは同時に同じことを言った。この時からマリオンには『過加護』というふたつ名が授けられる。

余裕を持って二十日間と限ったが、それまでには死んでも自分の元に戻るようにと念を押した。

「……もし……戻らなかったら?」
「術を解かないとリディアを中心にひとつの領地を飲み込むほどの魔……」
「いい! 止めて聞きたくない!! ……恐ろしい……」
「だから死んでも戻ってね」
「うう……今すぐ解いて」
「ええ? がんばったのに……」
「…………ぅぅぅ……」

期限が過ぎればひとつの領地を魔なんとかにしてしまうほどの加護を授けられたリディアは、夜明け前には目の下を真っ黒にしたまま出発していった。



それから五日間、マリオンはぼんやりと温室で草花の面倒を見て過ごした。

先輩たちからは色々問い詰められることがあったが、一度説明したことは誰々先輩に話したのでと、同じ質問には答えないことで煩わしさを回避した。

研究棟は細切れの情報を集めようと、上から下まで先輩たちが右往左往している。

「……なにやらかしたの」
「やらかしてないったら……おかえりビクター」
「……ただいま」
「見つかった?」
「竜に邪魔されて……ちっさいクズみたいなのしか手に入らなかった」
「そっか……残念だね」
「で、なにやらかしたの?」
「だからやらかしてなんて……」

温室の雑草はこの五日の間にむしり尽くしたが、さらに小さな芽をぷちぷちと摘んでいたマリオンは、会話の途中で弾かれたように立ち上がる。

「……なに」
「物理攻撃」
「は?」
「どうして?!」

ついでのおまけに付けておいた、リディアへの転移門を開いて、マリオンはその場から姿を消す。

「……うわぁ。こりゃ酷いやらかしだ」

個人の勝手な理由で学院外に出るのは退学ものの案件だ。
周囲を見回して誰もいないのを確認すると、ビクターは何も見なかったことにして、静かに温室を後にした。




転移門を抜け出た途端、咽せるような血の匂いにマリオンは顔を歪める。

辺りは怒声と斬撃の音しか無い。

リディアを探して見覚えのある後ろ頭を見つける。

灰味がかった枯れ草色の髪、カイルの後頭部だった。
マリオンは自分のローブに付加している物理攻撃無効の魔術を立ち上げる。
一度ぽんと叩いて魔力を流し、瞬時に展開させつつカイルに走り寄った。
近寄るにつれ、人集りの数は増す。

右手に小石程度の大きさの火球をいくつか作り出す。

「……邪魔」

左手でカイルの鎧の背側、首元を掴むと、足で膝裏を押して、後ろに引き倒す。

カイルの首があった場所を、剣が銀色の軌道を描いて通り過ぎていった。

剣を振った相手に火球をひとつ飛ばす。

鳩尾の辺りに球は突っ込んで通り抜け、大きく回って再びマリオンの掌の上に帰ってくる。

「何故ここに!」

やっと状況を理解したカイルが、すぐさま立ち上がって詰め寄った。

「リディアは?」
「知るか!」

ふいと視線を外すと周囲を見回して、散歩のような足取りでマリオンは歩き出す。
慌ててその後をカイルが追う。

「何してるんだ、どうしてここに……」
「貴方たちこそ、このザマはなに?」

目の届く範囲で騎士とは思えない人物に向けて、一斉に火球を放つ。
弱くて小さく数の多い対魔物用の術だが、足止め程度には充分過ぎた。いくつかばさりと人の倒れる音がしている。

「リディア! 返事して!」
「あいつらなら、先に逃した……もっと前方だ」
「邪魔!」

今度は力任せに引っ張って、庇うように腕をカイルに回す。
同時にローブをカイルの脇腹にかける。
そこに当たると見えた小剣が、溶けるように消えて、投げた相手の目の前に現れる。
自分で投げた小剣を自分の胸の真ん中に受けて、男がゆっくりと倒れていった。

カイルがそれに目を見張っているうちに、マリオンの手には火球が戻り、また周囲に放たれていく。

気が付けば怒声も斬撃音も、ほぼ消えていた。

「助かった……のか」
「リディアを追いかける。馬?」
「馬が引いてる荷車だ」
「……ならそんなに遠くないか」



マリオンの温もりがなくなるより早く、その姿はこの場から消えていた。





近くに倒れた仲間を助け起こし、残党と斬り結んでいる仲間を遠くに見ながら、カイルは下級生たちを逃した道の先を見据えて走り出す。





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