それでも、恋
まあ、そんなハイな気分も、長くは続かなかったけれど。
なぜなら、自分の席に着くと同時にお隣さんがこちらまで聞こえるほどの舌打ちを鳴らしたからだ。
わたし、なるべく椅子の音を立てないように座ったのに。ほら、一条くんって椅子を引きずったときに床をこする音が嫌いだから。
ご機嫌が急降下したらしい美少年に顔を向ければ、紅茶色の瞳と視線が絡む。
そして、くるり。無言で華麗なペン回しを見せつけられた。
その自慢みたいな行為は理解できないけれども、ペンを操るほっそりした指先はやっぱり綺麗だ。
昼下がりの日差しでさえも、一条くんの美しさを味方するらしい。光の加減で、さらさらした髪や長いまつ毛が透けているようにも見えて。ああ、なんだかとってもきれい。
ぼんやりうっとりしていたわたしの机に、隣から1本の腕が伸びてきて1枚の付箋がぺたりと貼られた。
〝お礼は?〟
流れるように書かれた整った文字はどこか涼しげで、書き手のことをよく表している。
纏う空気さえも澄んでいる美少年がねちねちとお礼を催促してくるような人格だとは、到底信じられない。少なくとも、席替えまでのわたしは夢にも思わなかった。
でも、もう、知っている。一条くんは、ここで返事をしなかったらめちゃくちゃ面倒なことになる。
だから、急いで〝ありがとう〟とペンを走らせたのに。
〝それだけ?〟という手書きの文字が返ってきた。