それでも、恋
ハートが丸ごとその少女に持っていかれて、正常なはずの五感のすべても奪われる。自分の何もかもが、無条件に彼女を欲している。
名前は?歳は?声は?瞳の色は?性格は?
病室を間違えたことの動揺と初恋のときめきの両方が襲ってきて、心臓は壊れそうなほど激しく鳴っている。
こんなの、はじめてだ。
俺はいつでも体温低めで、感情の起伏があまり無い人間だったはずなのに。いつもと違う自分に恐ろしくなって、逃げ出すように俺は病室を飛び出した。
エレベーターの完備されたここではほとんど利用されない非常階段を、意味もなく駆け降りる。
腕の痛みが、麻痺している。それより、心がおかしい。どうにかなってしまいそう。
白に溶けていく妖精に、触れてみたかった。でも、触れるのが怖かった。触れたら、もう戻れないと思った。でも、触れてない今でも、すでに戻れないところまで来てしまっている。
たんたんたんたん。自分の足音だけが響く。
情けないことに、すこし、息が切れてくる。
あの子のことが知りたくてたまらない。あんな広くて綺麗なところに入院しているのだから、きっと、お姫さまだ。妖精の国のお姫さま。
学校とか、通っているのだろうか。真っ白なままで、汚い世界に馴染めるのだろうか。
なんだか、勝手に心配してしまう。どうしようもなく、気になってしまう。
それからの俺の思考は、ずっと彼女に囚われていた。同じ病院の屋根の下で眠ることに、どきどきした。
そのくせ近付くこともできないまま、しっかり治して数日後には退院した。