それでも、恋
わざわざ言わないけど、実はちょっと緊張する。だってほら、ただでさえわたしって、あんまり男の子と接する機会がないというのに。こんなに囲まれちゃったら、じぶんの手汗とか気になってきちゃう。やれやれ。
放課後の高梨先生は、授業中よりも3割り増しでかっこよい。夕陽の茜色って、何故だかどきどきさせる効果があると思う。
「ここのエックスは、」
きちんと、生徒との一線を引いておくところも好きだ。必要以上に近づくことがない。その距離感が、ちょうど大人の色気を掴みやすいのだと思う。わたしは軽率にときめいた。
高梨先生の難しいお話を聞きながら、するすると計算式を解いていく一条くんは、ほんとうに何しにきたのか分からない。でも、ノートにペンを走らせる彼は、とても楽しそうなので何よりだ。ほんとうに、数字と相性が良いらしい。
わたしだけがギブアップかと思ったら、折口くんが深すぎるため息をついたから安心した。
「ぜんぜんわかんねーっす」
「ここが大事なところですよ、折口くんがんばりましょう」
ふたりの会話を聞きながら、わたしは関数のことを、考えているふりをして、またこっそりと一条くんの指先を盗み見ていた。女の子みたいに綺麗な手は、編み出される数式といっしょに無駄なくするすると流れていく。
授業中も隣の席なのだから、いつでも見られる光景なのに。なんだか今日はとくべつに目が離せない。これも、夕暮れのせいだろうか。