それでも、恋
折口くんというひとは、たぶん、人生を上手に渡り歩けるひとだ。誰からも愛されていて、それと同じようにみんなに愛を返せるひと。まあ、馬鹿だけど。
「えっと、わたし、」
「じゃあ、こっちゃん、ここまでで大丈夫かな?」
そんな折口くんに返事をしようとすると、いつもよりほんの少しボリュームを上げた一条くんの声に遮られた。いつの間にか、こっちゃんが使うバス停まで辿り着いていたらしい。
「ううん、むしろここまでありがとう」
こっちゃんは、わたしたちにお礼をして、「じゃあ、また明日ね」とひらひら手を振っている。どうしようもなく、昨日までと何も変わらない放課後の光景だ。
こっちゃんはまさか、2分前に折口くんがわたしの彼氏に立候補していたなんて考えもしない。
ありえないことじゃないのに、ありえないことだ。わたしたちの関係に、そういうのは無縁だと思い込んでいた。
日常とはほんのすこし切り離された、わたしたちだけの浮ついた空気のなかで折口くんが言葉を投げる。
「覚えておいてくれればいいから」
やっぱり、じょうず、だ。わたしの心を転がすのが、とても上手。
無理に距離感を詰めてくることもしないで、そのくせ、イレギュラーなこの出来事をなかったことにするつもりもないらしい。
慣れていないわたしは、「うん」と短く返して、不自然に視線を逸らしてしまった。
こんなの、はじめてだ。折口くんとわたしは、いつも近い距離で、なにげない会話ができていたはずなのに。
恋は、いきなり訪れるらしい。
わたしの生きている世界にも、恋は実在するみたいだ。