それでも、恋
ああ、もう。俺って、ほんとうに凡人だ。呼吸が浅くなり立ちくらみした。そのまま倒れた宇田さんをなんとか抱きかかえてキャッチした瞬間。そのスローモーションが、何度もフラッシュバックする。
華奢すぎる骨。ふわっとした体重。やわらかい匂い。慌てて押した119。公園の遊具。夜空の三日月。
一瞬の記憶は鮮明で、だけど、そこから先、救急車が来たあたりからはほとんど覚えていない。
俺って、ぜんぜん落ち着いてないし、大人っぽくもないし、冷静でもない。ほんと、ふつうの男子高校生だ。
宇田さんのお母さんに、もういちど頭を下げる。
「宇田さんが起きるまで、ここにいてもいいですか?」
あまるほどの白だけでつくられた部屋で、不似合いな色を持った自分の存在。
邪魔だけど、無駄だけど、その俗世的な色がないと、この白い空間はしゅわりと消えてなくなってしまうような気がした。
くやしいくらい、宇田さんはこの病室がよく似合う。学校でもファストフード店でもコーヒーショップでもどこか浮いている宇田さんが、此処にいるときだけは静かに馴染んでいる。
「あら、いいの?私はずっと居られないから、助かるわ。何かあったら遠慮なく連絡してね」
宇田さんのお母さんにそのような雰囲気のことを言われて、俺は頷いた。ベッドで眠る宇田さんに意識のほとんどが持っていかれているので、あまり言葉が理解できなかった。
宇田さんのお母さんが病室を出て行ったので、俺は宇田さんとふたりきりになる。白い部屋で唯一色を持った自分だけが、この清らかな空間を汚しているみたいだ。
それに、俺だけが、俗世とこの部屋を繋いでいる。