それでも、恋
ベッドのすぐそばに近寄って、瞼を閉じたうつくしい少女の寝顔を見つめる。
雪のように白い肌は、雪よりも柔らかくて丸みがある。銀と金の中間のような、光を含んだ白髪。血色のないくちびるには、透明な人工呼吸器。
こんなに近くでじっくりと観察するのは初めてだ。表情のない彼女はあまりにも現実味を持たなくて、宇田さんが眠っているだけで、病室が異世界に変わる。
こうしていると、退屈そうに俺の話を聞く宇田さんも、ゲームを邪魔されて眉を顰める宇田さんも、ほんとうは存在してないんじゃないかって思えてくる。
おなじ場所で暮らしているのを信じられないし、もっというなら隣の席で授業を受けているのが信じられない。
ごめんね、と無音をつぶやいた。
この病室は、俺が宇田さんを見つけた場所だ。
でも、あのときとは、もう違う。瞳の色も、声も、表情も知っている。俺は、生きている宇田さんを知ってしまった。
宇田さんは、妖精に限りなく近いけど、ふつうの人間の女の子だ。にやにやしながら乙女ゲームをしたり、数学の問題を解こうとしたりする。解けないけど。
数学の高梨先生はきらい。宇田さんのハートの欠片を奪ったひとは、みんなきらい。だから、宇田さんがハマってる乙女ゲームのスバル様もきらい。俺も宇田さんに攻略されたい。
だけど、俺らの生きる世界は、ふたりっきりじゃない。
高梨先生の数学がないと、俺は方程式をおしえてあげられないし。スバルくんに夢中になってくれないと、イヤホン外して邪魔できない。
折口くんと宇田さんを見ていると、もやもやする。折口くんは当たり前にみんなから好かれるし、好かれて当然だし、俺も好きだけど、だから、不安。宇田さんが折口くんを好きになっても、まったく不思議じゃないから。
たぶん、折口くんだったら、宇田さんに無理をさせなかった。じょうずなことばで、良きタイミングで解散を促して、紳士的におうちまで送り届けた。そういうのが、ずるくて、くやしくてたまらない。
白い空間は、どうやら気分を揺らがせるらしい。安定しない精神は自分らしくなくて、そんな自分の扱いに困る。