それでも、恋

はやく目を覚ましてよ。心配で、そわそわする。無意識に、脚を揺らしてしまう。

眠っているだけだよ、とお医者さんが言った。

ほんとうに?もう二度と、灰色の瞳が見られなくなる、なんてことはない?眠ったままになっちゃうことはない?

だってあまりにも、いまの宇田さんがしっくりくる。絵画のように美しくて、思わず、ぽうっと見惚れてしまう。


ひたり、じぶんの手のひらを宇田さんの頬に当ててみた。ひとりで勝手にどきっとして、不純なこころを誤魔化すように手を離した。

宇田さんのほっぺたに、冷たいけれど若干の温度を感じて安堵する。


この空間は、ふたりきり。俺だけの宇田さんが、何色にも染まらずに眠っている。

人工呼吸器をつけたくちびるには、触れることもできない。ちょっと残念に思って、プラチナブランドの髪を撫でてみる。

この指先を見られたら、きっと、ぜんぶ、ばれてしまう。ばれてほしいのか、隠したいのか、自分でも分からないけど。

たぶん、あと2日も経てば退院する。頭では理解しているのだ。

彼女は俗世に馴染むことができないから、たまに下界におりてくるけど汚れた空気に苦しくなって、またこの白い空間に戻ってくる。その繰り返し。


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