それでも、恋
そんな邪念をがんばって振り払って、俺は彼女に言葉をかける。
「ナースコール、しないと」
だけど彼女はゆるりと首を振って、俺の手から自分の手を離そうとしない。えええ、なにこれ、そんな場合じゃないはずなのに、心臓がどきどきしてしまう。
「あんまり、俺のこと、その気にさせないほうがいいんじゃないの」
俺も男だからさ、好きな女の子が無防備だったら、触れたいなあとか思わないこともないわけで。
いつもいつも、凡人の俺は、きらめく妖精に翻弄されている。この部屋ごと、ぜんぶ幻だったらどうしよう。そんなわけないけど、だって、やっぱり現実味がない。それにどうにも落ち着かない。
俺の手に重ねた白い手に、さらに重ねるように自分の反対の手を乗せた。そして、やさしく撫でてあげる。
「宇田さんごめんね、無理させちゃって」
呼吸器をつけた彼女は話すことができない。いや、できるのかもしれないけど、話そうと口を動かすことはしない。ゆるく首を振って否定してくれた宇田さんは、またさらに、俺の手の上に自分の反対の手を乗せてきた。四つの手のひらが挟み挟まれ重なっている。
その光景が可笑しくて、俺は小さく吹き出した。純白の空間には似合わない、教室の一角の出来事みたい。
目を覚ましたら、どんなに白くて清らかな場所にいても、儚くても、言葉なくても、宇田さんは宇田さん。俺の好きな宇田さんは、かわいくておもしろい。とくべつな容姿とか、育った環境とか、生まれつきの身体とか、そのすべてが彼女のイマを作っているのなら、そのすべてがありがたい。
だって俺は、イマを生きている、この宇田さんが好きだから。