それでも、恋

それから笑って手を抜き出して、彼女の頭を軽く撫でてからナースコールをした。ふたりの時間はすぐに終わって、看護師さんが現れた。

看護師さんは慣れた手つきで宇田さんのまわりを片付けて、人工呼吸器まで外した。点滴は打ったまま。

宇田さんはされるがままになりながら、自由になった口で深呼吸して「酸素おいしい」と言った。やっぱり宇田さんだった。


「だいじょうぶ、なの?」


おそるおそる、たずねる。看護師さんも宇田さんも、あまりに平然としているから、こちらが無駄に気を遣ってしまう。


「うん、よくあることだからね」

「そっか、でも、無事でよかった」

「ごめんね、心配と迷惑かけたでしょ」

「俺はぜんぜん平気だけど」


乱れない会話のリズム。俺は、宇田さんとの呼吸のタイミングが同じなのだと思う。そういうところが、好きなところ。


「せっかく楽しかったのに、台無しにしちゃった?」

「ううん、俺は台無しのつもりなかったよ、すごく楽しかったから」

「わたしは、たのしい記憶しかない」


それから、俺らの会話を聞いていた看護師さんは、すっかり顔見知りらしく「真菜子ちゃん、ずいぶんと素敵な彼氏さんいるんだね」などとくだらない世間話を口にした。

ふうん、くだらないけど、わるくないじゃん。俺、彼氏に見えるんだ。とは、声に出さなかった。
< 81 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop