それでも、恋
それから笑って手を抜き出して、彼女の頭を軽く撫でてからナースコールをした。ふたりの時間はすぐに終わって、看護師さんが現れた。
看護師さんは慣れた手つきで宇田さんのまわりを片付けて、人工呼吸器まで外した。点滴は打ったまま。
宇田さんはされるがままになりながら、自由になった口で深呼吸して「酸素おいしい」と言った。やっぱり宇田さんだった。
「だいじょうぶ、なの?」
おそるおそる、たずねる。看護師さんも宇田さんも、あまりに平然としているから、こちらが無駄に気を遣ってしまう。
「うん、よくあることだからね」
「そっか、でも、無事でよかった」
「ごめんね、心配と迷惑かけたでしょ」
「俺はぜんぜん平気だけど」
乱れない会話のリズム。俺は、宇田さんとの呼吸のタイミングが同じなのだと思う。そういうところが、好きなところ。
「せっかく楽しかったのに、台無しにしちゃった?」
「ううん、俺は台無しのつもりなかったよ、すごく楽しかったから」
「わたしは、たのしい記憶しかない」
それから、俺らの会話を聞いていた看護師さんは、すっかり顔見知りらしく「真菜子ちゃん、ずいぶんと素敵な彼氏さんいるんだね」などとくだらない世間話を口にした。
ふうん、くだらないけど、わるくないじゃん。俺、彼氏に見えるんだ。とは、声に出さなかった。