それでも、恋
こんな一条くん、わたしだけしか知らなければいいのに。かわいくて、あざとくて、ずるい一条くんなんて、夜の公園の秘密にしてほしい。
あなたの瞬きで、硝子色の時間を封じ込めてほしい。
その願いが通じたみたいに、一条くんがゆったりと長い睫毛を伏せた。それがあまりにも綺麗だから、わたしはうっかり見惚れてしまう。
火星と月の明かりが目映い。わたしが見てきた光景のなかで、いちばん綺麗。一条くんは、夜が似合う。でも、朝のにおいがする。
駅までの帰り道、わたしの指先の端っこを、一条くんの長い指先がゆるりと纏うように絡めてきた。〝手を繋ぐ〟よりも、なんだか甘やかで、あざとくて、やさしくて、控えめなそれは、一条くんらしい恋人の距離感だ。
最寄り駅までの道のりなので、途中で同じ学校の生徒たちとよく会った。みんな、え?!え?!とわたしたちの指先を二度見していた。
「めっちゃお似合いじゃーん」
「えー!いつから?」
「一条の初恋のひとって、え、もしかして、、?」
「おしあわせにー」
みんなから冷やかしと祝福が投げられまくったし、なぜか写真を撮られたし、一条くんはその写真を送ってもらおうとしていた。
その間ずっとふわふわしていて、あんまり鮮明な記憶はない。ただただ幸せの最高潮にいます、というかんじ。きょうは、お祭りだ。だって、わたしと一条くんが両想いで付き合うことになった記念日だもん。
はじめてのかれし、それがあの一条くんだなんて変なかんじもするけど、すきって、声に出したらさらに好きになっちゃって、こころはすっかり一条くん色に染まってしまった。
単純だし、恋愛脳だとおもうけど、今日くらいゆるしてほしい。
ほんとうは、みーんなに「宇田真菜子は〜!一条亜純と付き合ってます〜!」って大声で叫びたいのを我慢してるし。すぐ自慢したくなっちゃう。