若女将の見初められ婚
結局、世間一般の結婚準備の正しいあり方については、何の情報も得られなかったが、とにかく、私はしの君の言う通りに粛々と準備を進めていくだけだ。
前回の食事会の時には、女っぷりが少しでも上がるように桜色の着物を着たが、「いわくら」を訪問する時には少し落ち着いて見えるように、若草色の着物を着ることにした。
なんせ、しの君とは9歳も離れているのだ。子どもっぽく見えたら、「いわくら」の旦那さんたちが不安に思うかもしれない。
もちろん父のかんざしも刺す。前のバチ型ではなく、愛用している深紅の玉かんざしにした。
訪問の当日、着付けをしてくれている間ずっと、母が『失礼のないように』と言い続ける。
「『いわくら』さんは、うちと違って格式の高いお店やから。女将さんも立派な方らしいし、本当にあんたで大丈夫なんかな…
失礼のないように。絶対やで!」
そんなこと今さら言われても。
それ、私が一番感じてることなので。
母娘二人で不安に苛まれているところへ、しの君が迎えに来てくれた。
同じ東山といっても、二つのお店には少し距離があるため、車を出してくれたのだ。
「多分、志乃ちゃんが思ってる感じの両親じゃないから。むしろ逆。安心して」
しの君は、緊張でガチガチになっている私に笑いかける。
「いわくら」の旦那さんにはお会いしたことはある。でも、挨拶程度であまり話したことはなかった。女将さんとは多分面識がない。
安心してって言われても…
私との結婚をご両親は納得されてるのかな。
うちの嫁には認めませんっとか言われへん?
ほら、ドラマとかでよくあるやつ。
『うちの息子とは別れてくれ』って言われたりする感じの…
あれこれと考えている間に「いわくら」に着いてしまう。改めて見ると、本当に立派な店だ。
「たちばな」の十倍くらいありそう…
いや。ここで怯んだらあかん!
がんばれ志乃!
自分でエールを送る。
「連れてきたで」
声をかけながら店に入る、しの君に後ろに続いた。