若女将の見初められ婚
我が家の台所事情
八ヶ月前……
*◇*◇*
「えっ?なんて?」
夕食が済んで、テーブルを片付けようとしていた私に、世間話でもするようなトーンで母が話しかけてきた。
「だから、残念やけどお店を閉めようと思って」
お皿を手に持ち、中腰のままで、まじまじと母を見つめる。
「ど、どうしたん?急に」
「さすがに和装小物だけでは、お店をやっていかれへんようになってきたから」母は淡々と続けた。
うちは、京都の東山にある和装の装飾小物店「たちばな」を経営している。曾祖父がかんざし職人として店を始め、父の代まで受け継いできた店だ。
お店では、着物に合わせるカバンや草履など、和装に関する装飾品を販売しているが、やはり一番の売りは店の工房で作られている髪飾りだ。
父は伝統的な細工を得意とする、かんざし職人で、その技術はかなり評価が高いと聞いている。
でも、古風なかんざしはあまり人気がないので、最近では洋服にも合わせることができる創作かんざしも作っていた。
頑固な職人である父は、最初流行に合わせた髪飾りを作ることに反対していたが、お店の経営のことを考え、新しいことにも挑戦していた。
それなのに…
「お店、そんなに厳しいの?」
私はお皿を置いて座り直し、おずおずと尋ねた。
「あんたには言ってなかったけど、もう無理なとこまできたみたい」
表情を隠すためなのか、母は少し俯きながら説明を続ける。
「お父さんは?それでいいって言ってんの?」
「やりたいっていう気持ちだけではどうにもならへんからね」
普段は明るく元気な母の、淡々とした話しぶりが深刻さを際立たせた。
そんなことになってるなんて。
一緒に住んでたのに、全然気づかなかった。のんきな性格が悔やまれる。
「なんか、なんか方法ないの?
お父さんの作る髪飾り、気にいってくれてる人もたくさんいるのに」
必死に訴えかけてみるが、母は私の言ったことは聞こえなかったかのように、よっこいしょと腰を浮かした。
「まあ、そういうことやから。あんたも心積もりしといて。多分引っ越しすることになると思うから」
テキパキとテーブルの上のお皿をお盆に乗せて立ち上がると、母は居間を出ていった。
立ち去る背中を呆然と見つめる。
思いもよらない話に、私は動くことができず座り続けていた。
黙々とかんざしを作る父と、笑顔で接客をする母の姿が思い浮かぶ。
私が言うまでもなく、何とかしようと父も母も頑張ってきたのだろう。
どうにもならないから決断したことなのだと私にも痛いほどわかる。
『お店を閉める?』
私は一人残された居間で途方にくれた。