若女将の見初められ婚

*◇*◇*


「仁君にぴったりの人がいるのよ」

母の友だちであり、店の上得意でもある、藤枝先生から勧められたのが始まりだった。

縁結びを趣味としている藤枝先生からは、今までにも何回か話をいただき、その度に断り続けていたが、今回はふと気に留まった。

そろそろ結婚のことを考えないと、という思いが芽生えていた時期と重なったからかもしれない。


スマホの写真を見せてもらうと、屈託なく笑う志乃の写真があった。

「志乃ちゃん」と呼んでいた昔の面影を残しつつも、綺麗なお嬢さんになっている志乃に心を奪われる。

結局、志乃には受け入れてもらえなかったので、この話は流れてしまったが、実はその後、志乃には話していない内緒の話がある。


志乃との話が流れた後、藤枝先生の華道教室の発表会があった。

先生の教室には、うちの得意客がたくさんいる。こういう場には、しっかりと顔を出して、顔を売るのは営業の基本だ。普段は母が行くことが多いが、たまたま催しが重なり、気安く付き合える藤枝先生の方に俺が出席した。


会場に着き、得意客を見つけては話をしていく。幾人かは次に繋がりそうな話ができたので満足した。


「藤枝先生!」

優しげな声が聞こえた。

たくさんの人がいる中で、その声だけを拾ったのは何故かはわからない。

藤色の着物を身につけた志乃がいた。

にこやかに先生と話す姿を少し離れたところから見守る。


やっぱり綺麗になったなぁ。

おじさんのような感想を抱く自分に心の中で苦笑いだ。

別の客が来たところで、先生から離れ、志乃は展示されている作品を見て回り始めた。

一つ一つ丁寧に見ていく。

志乃は、子どもの頃からこういうことができる子だった。誰かが丁寧に手掛けた作品は、心を尽くして見る。

父親が髪飾り職人ということもあるのだろう。そういう姿勢に、昔から好感を持っていた。


会場を回っていく志乃の後をこっそりつける。


これ、もしかしてあかんやつか?
ストーカーちゃうやろか。

少し気になりはしたが、こんな機会は滅多にない。


もう少しだけ…

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