若女将の見初められ婚
全ての作品に目を通した後、スタッフに声をかけられ、志乃は隣にある休憩室に案内された。
そこでは、お茶とお菓子が振る舞われており、入り口のところで、お菓子を選ぶシステムになっていた。
志乃は真剣な顔でお菓子を見つめた後、恥ずかしそうに大福を選んだ。
表情が豊かで見ていて楽しい。
でも、大福って。
こんな場所では、普通、上生菓子を選ぶやろ。大福はたまに子ども連れの人が来るから、そのために用意された物ちゃうか。食べにくいのに。大丈夫か。
こちらの心配はよそに、志乃は大福を受け取って、部屋の隅に座った。
俺は志乃からは見えにくく、かつ、こちらからはよく見えそうな席に座る。
これ、本格的にストーカーや…
席の選び方がもうアウト。
自分でも引きつつ、お茶を持ってきてくれたので、それを飲みながら、こっそり志乃を観察する。
志乃は周りを目だけでキョロキョロと確認すると、素早く大福を頬張った。
一連の動作が早送りのようだ。
一瞬目が見開かれる。美味しいという思いが溢れていた。
モグモグと咀嚼した後、澄ましてお茶を飲む。
すると、またキョロキョロと確認した後、素早くパクっと頬張る。
その動作を食べきるまで繰り返した。
俺は笑いが込み上げて、どうにも止まらない。
苺大福やな。大福から赤い苺が見えていた。そうか苺大福が好きなんやな。
勝手に見ておいて文句を言うのも何だが、こちらは一人で大笑いすることもできず、笑いと戦っているのに、何事もなかったようにお茶を飲む志乃が恨めしい。
ほんまに可愛いなぁ。
志乃に対する興味がムクムクと沸き上がる。
ストーカー紛いではあったが、観察結果に満足していると、休憩室に客がたくさん入ってきた。
急に人が増えたので、スタッフが慌てている。
これはそろそろ立った方がええな。
そう思った矢先、志乃はサッと立ち上がり、スタッフに話しかけた。
ペコペコ頭を下げるスタッフに微笑むと、志乃はクルクルと働き始めた。
新しくきたお客さんにお茶を出し、人が立って空いた席は片付け、次の客を案内する。話しかけられたら、にこやかに話を聞いたりもする。
なんで突然手伝い出した?
俺は呆気に取られて、にこやかに働く志乃を見ていた。
もっと見ていたかったが、これ以上は迷惑になる。
残念な気持ちを抱えつつ、最後は大胆に、志乃の近くを通って部屋の外に出た。通りすがりにスタッフと志乃の会話が微かに聞こえる。
『ほんまにすみません。助かります』
『いえいえ!藤枝先生にはいつもお世話になっているんです。それに、美味しいものも食べさせていただいたので、心ばかりのお返しさせて下さい』
柔らかい声に心が掴まれた。
ふと、その瞬間、
『この子を嫁にしたい』
ストンと心の中にその想いが落ちてきた。迷いなどどこにもない、不思議な感覚だった。