若女将の見初められ婚
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。担当させていただく岩倉志乃と申します」
指を揃え、丁寧にお辞儀をする。
「よろしくお願いしまーす」
もみじさんは、終始にこやかな、感じのよいお客様だった。
お客様の方で、この色が着たい!という要望がなければ、こちらから提案していく。
もみじさんにはご希望がなかったので、銀杏の紅葉をイメージして、黄檗色(きはだいろ)の着物をお勧めしてみた。お名前は『もみじ』さんだけど。
気に入って頂けたようですんなりと決まる。よかった。
お客様とは、着付けの間にもいろいろな話をする。もみじさんは、東京にある医科大学で図書館の司書をしているらしい。
私も大学で事務をしていたので、共通の話題も見つかり話が弾む。
お話上手な方で、楽しい雰囲気の中、着付けをさせてもらった。
今から舞台で有名なお寺と、その脇にある縁結びで有名な神社にお参りに行くらしい。
縁結びの神社は若い女性には大人気のスポットだ。
「私、この旅行にかけてるんです!絶対いいご縁を授かってみせますから!」
もみじさんは鼻息荒くおっしゃった。
すごい意気込み。
若干引きつつも、「頑張ってください!」とエールを送る。
「志乃さんは、もしかして若女将?」と問われる。
「ハイ、ソウデス」
初めてお客様に若女将と名乗る。恥ずかしさと誇らしさがあった。
「と言うことは、あのカッコいい若旦那がだんな様?!」
食いつくように聞かれて怯む。
「ハ、ハイ」
しの君の方を見ると、『どうした?』と言うように方眉をクイッと上げてこちらを見ていた。
私は『大丈夫』と言うように、首を横に振る。
「くー!うらやましいっ!職場でのアイコンタクト。憧れのシチュエーションだわっ」
もみじさんはハンカチを噛み締めて悶えていた。
ご利益がほしいとすがるようにおっしゃるので、私とお揃いの深紅の玉かんざしをお付けした。
「いわくら」から神社までは歩いて行ける距離だが、道中ほとんどが坂道だ。
坂自体が「二寧坂(二年坂)」「産寧坂(三年坂)」といって、観光スポットなのだが、着物に慣れていない方だとかなり大変。
途中いろいろなお店があるので、ゆっくり見て休みながら行ってくださいとお願いする。
メインの通りからは外れるが、私の大好きな甘味処があるのでお教えした。
「まつの」というそのお店は、高齢のご夫婦が営む小さな甘味処で、トキさんというおばあちゃんが作るアンコが堪らなく美味しい。
お客様に広め過ぎると、高齢のご夫婦では捌ききれないが、客が少なすぎると経営が立ち行かなくなる。
この辺りのお店では、この方なら大丈夫と判断したお客様にだけ「まつの」をお勧めする。地域みんなで大切にしているお店だった。
私も、しの君に初めて連れて行ってもらった時に、「ここは志乃が大切なお客様やと思った人だけにお勧めすること」と教えられた。
もみじさんは、私のお客様第一号の大切な方なので、「まつの」をお勧めした。
「行ってきまーす」
元気に出かけるもみじさんを、外でお見送りする。どうか楽しい参拝になりますように…
店の中に戻ると、しの君の総評が待っていた。
「なかなかよかったんやないか」
誉めてもらえた。嬉しい。
私はエヘヘと照れ笑いをした。