若女将の見初められ婚
「ごめんください」
夕方、そろそろ上がろうかと思う時刻に、ものすごく綺麗なお客様がきた。
「いらっしゃいませ」
身長の高さと化粧や服装の感じから、モデルさんかなと思いながら丁寧にお迎えする。
うちのお店は、女優さんやモデルさんのお客様も多い。普通は来店の前に連絡をくださることが多いけれど、お忍びで突然来店される方もけっこういる。
私では対応しきれないことがあるので、女将さんを呼ばないといけないかもしれない。
「若だんなはいらっしゃる?」
頭を上げると、上から下まで舐めるように見ているので、思わず怯んだ。
しの君のお客様?
しの君を指名してくるお客様はたくさんいるが、女性客の場合、私への当たりがキツい。この人もその類いだろうか、心の中で溜め息をついた。
「ただいま」
外出しておりますと答えようとした時に、タイミングよく、しの君が帰ってきた。お客様がいることに気づくと、足を止める。
「ジン!」
女性客は嬉しそうに、しの君の側に駆け寄った。
「理沙?どないしてん」
しの君はびっくりしたように名前を呼んだ。
ジン?理沙?
美しい女の人を当たり前のように名前で呼び、私の知らない「ジン」という呼びかけに普通に応える、しの君に驚く。
「書類、昨日の夜に混ざってしまったみたい。私の荷物に入ってたから持ってきてあげた」
あー、悪いなと、しの君が受け取った。
「ねぇ。せっかく届けてあげたんだから、久しぶりに『まつの』のぜんざい食べさせて」
理沙さんという人は甘えるように、しの君の顔を伺う。
「しゃーないな。行こか」
しの君は疲れたように言ったが、再び店を出ようとし、ふと、私の存在に気づいたかのように声をかけた。
「ちょっと出てくる」
理沙さんは、私をチラッと見たが何も言わずに出ていった。