若女将の見初められ婚
いやいやいや。
突っ込むところがありすぎなんですけど。
既に出て行ったしの君を、心の中で問い詰める。
「ジン」って何ですかね。
昨日の夜って、東京に出張してたと思ってましたけど、その人と一緒にいたってことですか?
久しぶりに「まつの」に連れてってっていうことは、前にも連れて行ったことがあるということでしょうか?
何よりも、私のこと二秒くらいしか見ないってどういうことですかっ!!
私はどんどん増す怒りをコントロールできずに、突っ立ったまま憤慨していた。
「あら?仁、帰ってきたんちゃうの?」
女将さんが奥から出てきて、辺りを見回す。
「お客様が来て、帰って早々一緒に出かけて行きましたっ」
事情を何も知らない女将さんに、つい鼻息荒く答えてしまう。
「志乃ちゃん、どないしたん」
女将さんが目を丸くして驚いたのを見て、慌ててスミマセンと謝った。
あかん、あかん。
ちょっと落ち着こう。
軽く胸をトントンと叩いて、冷静さを取り戻す。
そして、しの君のことをアレもコレも知ってるという、篠原さんにすすっと寄って小声で話しかけた。
「篠原さん。さっきの仁さんのお客様見ました?どなたかわかります?」
言いにくそうに、篠原さんが答えた。
「仁さんが学生の時に、仲ようしてた人やと思います。何回かこの辺りで一緒にいてはるのを見た気がしますけど…」
でも大昔のことやからと、慌てて付け加えた。
もう上がっていいですよと肩を撫でられ、優しく慰められる。
「アリガトウゴザイマス…」
私はしゅんとして、トボトボ母屋に帰っていった。