若女将の見初められ婚
出張を終え店に帰ると、大学の同級生で、今は仕事仲間の水野理沙がいた。
俺は大学の時にモデルの真似事のようなことをしていて、理沙とはそこで知り合った。東京生まれだという理沙は垢抜けていて、当時から際立って美しかった。
ファッション雑誌の撮影で何回か絡むことがあり親しくなったのだが、大学が同じだとわかって、なんとなく付き合い出した。
だが、大学を卒業した後は疎遠になり、どちらともなく自然と別れを選んだ。よくある話だろう。
それからは全く消息も知らなかったのに、映画やドラマの仕事をするようになり、その現場で偶然再会したのだ。
元々はアパレルで働いていたようだが、今はフリーのスタイリストをしている。
今回、アイドルの写真集で一緒に仕事をすることになり、再びよく話をする間柄にはなったが、そこには仕事の付き合いしかない。
書類が混ざってしまったのは、昨日の打ち合わせが夜まで長引いてしまったからだ。終わる頃には疲れ果てて、書類の扱いが雑になってしまった。打ち合わせにはもちろん、出版社の人もいた。
東京では一緒に食事を取ったし、行動を共にしていたことは事実だが、後ろめたいことは何もない。
でも…
まずかったな。
まさか理沙が店を訪ねてくるとは思わなかった。
理沙は俺のことを「ジン」と呼ぶ。
モデル時代の芸名みたいなものだ。「仁」を「しのぶ」と読める人は少ない。小さい頃からアダ名も「ジン」だった。
それだけに、「しの君」と志乃が優しく呼んでくれることが嬉しいのだが。
理沙が「ジン」と俺を呼んだ時の志乃の驚いたような顔を思い出す。
話の流れも誤解を生む内容だったし、ばつがわるくて店をすぐ出てしまったが、後から後悔した。
「まつの」でぜんざいを食べていると、大学の共通の友だちから、飲み会の誘いがきてしまった。
理沙が喜んで、行く行く!と言うので俺も行く羽目になったが、あの話の後で、夜まで家を空けるのは絶対まずかった。