若女将の見初められ婚
お昼休憩に入る前に、しの君に呼ばれ指示を受ける。
「撮影スタッフはみんな適当に食べてもらうから、弁当だけ渡して。
モデルさんたちには、店のテーブルで食べてもらう。お茶はテーブルに急須と湯飲み茶碗を置いとけばいいから。
頼朝先生たちには、店の和室で食べてもらおう。小さなテーブル出しといて」
「わかりました」
「理沙には無理なお願いをしたから、母屋で俺たちと一緒に食べてもらう。お客様扱いや。ええな?」
真面目な顔で問いかけられた。
「わかってます」
ちゃんと表情を変えることなく返せたはず。仕事に私情を挟む面倒くさい女と思われたくなかった。
すぐさまその場を離れ、指示された通りに大急ぎで準備を整える。
母屋のダイニングテーブルは四人掛けやし、旦那さん、女将さん、理沙さん、しの君でいいよね。
私は頼朝先生たちと、お店の和室でいただこう。
別に逃げてるんじゃないし。
椅子が足りひんだけやし。
自分自身に言い訳をする。
「えー、こんなとこで食べたくない」とごねる女将さんをなだめて、母屋の方のお世話をお願いする。
私は三人分の吸い物を持ってお店の和室に向かった。
「志乃ちゃーん、お疲れさん」
優しい織田先生の声に心が緩む。
「お疲れ様です。お吸い物、お待たせしました。お弁当も召し上がってくださいね」
三人で楽しく話しながら、お弁当をいただく。
「なぁ。仁君が連れてきたモデルさんて、元カノかいな?」
藤枝先生がこそこそと聞いてくる。
『元カノ』なんて言葉を、藤枝先生が知っていることに驚いた。
「さぁ、どうでしょう。大学時代のお友だちらしいですよ」
苦笑いしながら答える。
「いや、あれは怪しいで」
織田先生もこそこそ言ってくる。
頼朝先生たちの憶測が繰り広げられていると、和室の襖がスパーンと開けられた。
「うちもこっちで食べたかったー」
ぼやきながら女将さんが登場した。
「女将さん!母屋のお世話は?」
びっくりして問いかける。
「お世話することなんか、なーんもあらへん。お茶も理沙さんとかいう人が甲斐甲斐しく入れてはるわ」
いそいそと入ってくると、早速三人で盛り上がり始めた。
「あの子、どっかで見たことがあると思ったら、仁がモデルしてた時の彼女やな。
志乃ちゃんがいるとこに、そんな人よう連れてきたな。仁、アホちゃうか!」
女将さんが憤る。
「やっぱり!」「そうやと思った!」
頼朝先生たちが嬉々として混ぜ返した。
そこからは、三人の話が止まらない。
しの君は女たらしの極悪人であるかのように言われ、私も最後には一緒に笑っていた。
「うちらは、『志乃会』のメンバーやからな。意地悪されたら仕返ししたるから言いや!」
心強いことです、とお礼を言っておく。
三人とも、極道の姐さんが着るような留袖が似合いそう。
龍の柄とかが入ってるような。
それ着て並んで凄まれたら絶対恐い。
想像してクスクス笑った。
お昼休憩のお陰で気持ちが落ち着き、午後からは気持ちを切り替えて働くことができた。
理沙さんは相変わらず美しかったが、私は私の仕事をするだけだ。
順調に撮影は進み、交通事故などというアクシデントはあったものの、無事に全ての作業が終わった。