若女将の見初められ婚

*◇*◇*


シャワーを浴びながら今日のことをを振り返る。つくづく大変な一日だった…

頭を拭きながらキッチンに戻り、連絡がないかスマホを確認する。
返事はない。

しばらく考えて、親父に電話してみる。

呼び出し音の後、ようやく繋がった。

「もしもし。親父?」

「もしもーし。仁か?」

周りが賑やかで聞き取りにくい。
これは、お袋以外にも頼朝先生たちがいるな。

「そうや。志乃は一緒におる?」

「あー。志乃ちゃんな。おるで。
でもな、飲み過ぎて途中で寝てしもたんや。
今日は忙しかったから疲れたんやろな」

「は?」

志乃は意外と酒が強い。
酔ってニコニコしているのは見たことがあるが、そこまで泥酔してるのは見たことがない。
お袋たちだけならともかく、親父がついているのにどういうことだ。

親父も恐らく本人の意思に関係なく連れていかれたと予想されるが、それでも可愛い嫁を守ってくれよ。

「どんだけ飲ませてん。今どこ?迎えに行く」

憮然としながら問いかけた。

「仁か?」

出た!悪の根元。
甲高い声が聞こえてきた。
アルコールが入ったお袋は、普段もスゴいが更にパワーアップする。
本当に始末が悪い。

「母さん?迎えに行くから、店どこか言って」

俺も負けじと声を張り上げる。

「迎えに来んでええ。倉木君が送ってくれる」

「倉木って。くらき百貨店の倉木大(ひろむ)?」

思いがけない名前が飛び出てきた。なんで倉木?

「そうや。倉木君とバッタリ店で会ったんよ。倉木君、副社長やからな。運転手さんが迎えに来てくれるねんて。志乃ちゃん寝てしもてるから、連れて帰ってくれる」

寝てる志乃を倉木が連れて帰る?

待て待て待て!

「何言うてんねん。寝てる志乃をどうやって倉木が連れて帰るんや!
抱いて車に乗るつもりか。志乃は俺の妻やぞ!」

声のボリュームがどんどん上がる。

「倉木君、志乃ちゃんのこと気に入ってんて。

うちのバカ息子は、昔の女に現を抜かしてるって言うたら、志乃ちゃん欲しいって言うからな。

よし!じゃあ志乃ちゃんはうちの娘として、倉木君とこに嫁に出そうと。

志乃ちゃんも、しがない呉服屋の若女将でおるより、大きな百貨店の副社長夫人の方がいいやろ」

ハハハと甲高い声が聞こえた。

頭痛がする…

「もしもし?」

バリトンが聞こえてきた。

「大か?」

こいつは無駄に声がいい。
この声だけで、どんだけ女を落としてきたか。
志乃がこの声を聞いたと思うと腹が立つ。

「おぅ。久しぶりやな。お前、理沙とより戻すんやて?

心配すんな。志乃ちゃんは俺に任せとけ。ええ子やからお前の次でもいいわ。俺がもろたる。ハハハ」

ハハハちゃうやろ!
くらき百貨店の副社長ともあろうヤツが悪のりしすぎや。

「おい、大。志乃に変なことしたら、許さんからな」
地を這うような声で脅す。

「あっ!車きたきたー」
甲高い声が聞こえて電話が切れた。

「……」

電話を持ったまま唖然とする。
何がどうなってこんなことになってる?
事の経緯が全くわからないので、困惑するしかない。

その後、家の中をうろうろしながら待つが、待てど暮らせど志乃は帰ってこない。

メッセージの通知音がしたので、急いで確認する。

「うちで寝かしました。明日はここから出勤します」

お袋からのメッセージだった…

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