若女将の見初められ婚
夕方、店が終わり、女将さんたちを見送る。手早く店先を片付け、扉の鍵をかけようとした時、お客様と鉢合わせした。
「志乃ちゃん、久しぶり」
聞き覚えのあるバリトンボイス。
「倉木さん!」
長身の逞しい体にいかにも上等そうなスーツを身につけて、倉木さんが颯爽と店に入ってきた。
「先日はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
深く深くお辞儀をする。
床にのめり込みたい気分だ。
「全然迷惑ちゃうで。志乃ちゃん抱っこできたし、むしろ役得やったな」
小さな子どものように倉木さんは笑った。
抱っこって…
倉木さんの口から聞かされると、ダメージがスゴい。絶対重かったに違いないし。
「どのようにお詫びしてよいか…」
羞恥で顔がほてる。
償って忘れてもらえるなら、何でもしたい気分。
と言っても、倉木さんのような人に、何をすればいいのかわからないけど…
改めて見ると、倉木さんは本当に素敵な人だった。
女将さんと頼朝先生たちも『類は友を呼ぶ(賑やか編)』やけど、しの君と倉木さんもそうみたい。こちらは『類は友を呼ぶ(カッコいい編)』。
お詫びの場にそぐわないことを考えていたら、倉木さんから意外な提案が出された。
「お詫びしてくれるんか。それならご飯一緒に食べに行ってもらおかな。仁は?今おる?」
「あいにく出張に出てまして。もうまもなく帰ってくると思うんですけど」
「仁がおるなら一緒に連れて行ってもいいかと思ったけど、おらんのやったら、ちょうどいい。はよ出かけよ。浮気夫がおらん間に」
「誰が浮気夫やねん」
低い声が答えた。