若女将の見初められ婚
「おまえ、タイミング悪いな」
「タイミングばっちりやろ。何しにきてん」
どこかで見てたのかと思うようなタイミングで、しの君は帰ってきた。いつもは穏やか人なのに、珍しく倉木さんに食って掛かる。
「志乃ちゃんの様子見に来たんや。この前のことが気になってたからな」
聞いたとたん、しの君は倉木さんと私の間に割り込むように入ってきた。
「先日は妻がお世話になったな。申し訳なかった」
「夫のアピールすごいな、仁」
倉木さんは完全に冷やかす体勢で、にやにやと笑った。
「ジン!もう!待ってって言ってるのに、追いつかないからここまで来ちゃったじゃない」
驚くべきことに理沙さんまで来た。
何?この状況。ある意味修羅場?
「よう、理沙。久しぶりやな」
倉木さんは気楽に声をかけた。理沙さんと知り合いのようだ。倉木さんもモデル仲間?納得の容姿だけど。
「ダイ?やだ、こんなところで何してるの?」
理沙さんは驚いたように声を上げた。
「俺?俺は野暮用」
イタズラを思いついたような少年のような顔で、倉木さんはニヤっと笑った。
「今日はまっすぐ家に帰るって言うたやろ」
しの君はうんざりしたような声を出した。
「だって、今日で撮影は終わりなのに。次、いつ会えるかわからないじゃない。
この前のモデルのヘルプは、飲みに行くことでチャラにするって言ったでしょ」
理沙さんは腕組みをして、拗ねたように頬を膨らませる。
倉木さんは、二人のやり取りを楽しそうに遮った。
「何や、お前ら痴話喧嘩か。仁、飲みに行ってこい。志乃ちゃんは俺に任せとけ。
志乃ちゃんはこの前のお詫びで、俺と食事に行くんや。なぁ志乃ちゃん」
すみません、巻き込まないでください。ソロリソロリと後ずさる。
「妻の礼は俺がする。大も飲みに行くぞ。みんなまとめて終わらせたる!」しの君がやけくそ気味に叫んだ。
「えー、二人がいいのに!」
「なんで俺がいかなあかんねん」
不満が噴出するなか、しの君はホラホラと二人を追い立てていく。
「わかった。じゃあ志乃ちゃんも行こう」
突然の参加要請?!
謹んでお断りさせてください。
「い、いえ私は」
必死に手をパタパタ振る。
「仁、先に行っとけ。
志乃ちゃんの用意ができたら、俺が連れていく」
倉木さんに腕を握られたので、パタパタできなくなった。
「なんでお前が志乃と後から来るねん!おかしいやろ!」
しの君が大声を出した。
これは…大騒ぎになってきた。
店先でこの騒ぎはまずい。
「わ、わかりました!急いで片付けます。倉木さん待っていてくれますか?」
しの君が一瞬目を見開いた後、猛烈に睨んできた。
恐い恐い!はよ行って!
「ほら、志乃ちゃんがこう言ってんねんから。先にどうぞ」
倉木さんはホクホクだ。
「じゃあ、ジン行きましょ」
ご機嫌な理沙さんに、しの君は引きずられて行った。
店に静寂が訪れる。
「仁を行かせてよかったんか?」
面白そうに倉木さんが聞いてきた。
「いいんです。この前のモデルのヘルプのお礼ということなら、行かないといけないことですから」
「健気やなぁ」
倉木さんが茶化してきた。
「すぐに片付けて、着替えしてきますね」
倉木さんに答えることなく、私は小走りで店の奥に入って行った。