若女将の見初められ婚
あんまり遅くなると仁が怒り狂いそうやから、そろそろ行くかと言われて、店を出た。
家まで送ると言われ、慌てて断ったが、「こんな時間に志乃ちゃんを一人で帰したら、仁に殺される」と怯えたように言うので甘えることにした。
店の前にタクシーがつくと、倉木さんも車から降りる。
物音に気づいたのか、しの君が扉を開けてくれた。
ずっとお店で待っていてくれたのかな。ちょっと胸が痛む。
「ただいま」
目を合わすことができない。うつむいたまま、小さな声になってしまった。
「おかえり」
しの君は普通に返してくれたが、何を考えているのか、表情からは読み取れなかった。
「仁、ちょっと一杯行かへんか」
倉木さんが誘う。
「まだ飲むんか」
呆れながらも、しの君は支度をしに店の奥に入って行った。
「志乃ちゃん、今日はお疲れやったな。さっさと風呂入って早く寝てや」
倉木さんは、子どもに言い聞かせるみたいに言い、早く早くと追い立てる。
お礼を言って、私も店の中に入ろうとすると、すれ違いにしの君が出てきて、先に寝るように言われた。
みんなに早く寝ろ寝ろと言われて、苦笑いになる。私はやっぱり子ども扱いなのか。
でも確かに、しの君が帰る前に寝てしまった方がいい。今はまだ、話ができるような精神状態ではなかった。
二人を見送って少しホッとする。
長い一日だった。