若女将の見初められ婚
*◇*◇*
この辺りの店は早く閉まるところが多いが、一軒だけ朝方まで開けているところがある。
マスターが道楽のように経営してる店で、大とも何回か来たことがあった。
カウンターに座り、二人ともハイボールを頼む。
「理沙は?ちゃんと送ったんか?」
「車が走り出したら、たちまち普通に戻りやがった。あいつはザルやからな。あんなに酔うわけないとは思ってたけど、志乃に当て付けるための演技やったんやろ」
ぐでんぐでんだったはずの理沙は、タクシーの中でケロッと復活し、それでなくても志乃を大に奪われ苛立っていた俺の怒りは頂点に達した。
「ホテルに誘ってきたから、もう二度と仕事以外では会わんと切り捨ててきた」
やはりなと、大は笑った。
なんでこんなことになったと聞かれたので、アイドルの写真集の仕事を一緒にしていたこと、「いわくら」のカタログのモデルを急遽頼んだことなどを説明する。
「お前の弱点はそこやな」
断定的に言われてムッとする。
「どういう意味や」
「お前は優しい。でも、それが弱点になることを忘れるな。仕事と私情は分けろ。
モデルの御礼で飲みに行くなんて、俺なら絶対しない。仕事は仕事。きちんと謝礼を払ってそれで終わり」
手刀で切るような素振りをして、大は言い切った。
「知り合いやから、お金を渡して終わりなんて薄情やと思ったんやろうけど、それが相手につけこまれる隙になったんや」
淡々と言われ、返す言葉がない。
確かに俺は情に流されやすい。
それに反して昔から大は、情に流されることがない冷静な男だった。
静かに発せられる声が、胸に刺さる。
「帰りのタクシー、あれは最悪やったな。後部座席で旦那が元カノに抱きつかれてるんやぞ。そのタクシーの助手席に乗れって言われて、乗る嫁がおるか?離婚届叩きつけられてもおかしくないレベルやな」
心底呆れたように言われ、身の置き所がなくなってくる。
「志乃ちゃんを俺と二人であの場に残したくないっていう気持ちがあるのは俺にはわかった。でも、志乃ちゃんには全然伝わってないからな」
まぁ離婚となったら俺がもらってやるから安心しろと、最後は茶化してくれて助かった。
「志乃ちゃんは理沙に、お前らの結婚は政略結婚やって言われたらしい。
自分は若女将に向いてるというだけで、『たちばな』のついでに貰われたのかもって言うとった」
「そんなことないっ!!」
思わず力が入る。
「じゃあ、お前の口からそう言ってやれ。志乃ちゃんは我慢強い子や。一人で堪えて一人で解決しようとするやろ」
項垂れて頭を抱える。
俺はホンマにアホやな。
志乃がそんなことを言われて悩んでいたなんて、全く知らなかった。
大の方が志乃のことを深く知っているようで、焦燥感に駆られる。
「若女将の仕事、頑張りたいって言うてたで。
そのうちお前の方が、若女将の仕事のついでに旦那にしたって言われるようになるかもな」と笑われた。