若女将の見初められ婚
その後は、「たちばな」の現状を話してくれた。
知らなかったが、例の若い女優さんは、父の髪飾りを気に入ってくれて、何度か注文をしてくれたらしい。
しかも、今度、初めての時代劇をすることになって、装飾品を父にお願いしたいと言ってきたそうだ。
「東京の打ち合わせにな、二人で行ってきたんよ。お父さん一人やったら、何も話されへんのちゃうかと心配やったから」
母が内緒話でもするように、こそこそと話す。
「そしたら、事務所に着いたとたんスタスタと打ち合わせ場所に行くから、まずびっくりして。前に仁君と行ったことがあったから、勝手がわかったらしいけど」
「女優さんに会ったら『かんちゃん久しぶりー!』って言われてて、ひっくり返りそうになったわ」
父の名前は寛太郎(かんたろう)だが、あぁそういえばそんな名前だったなという感じしかない。
実の娘ですらそんな扱いの名前を若い女優さんに呼ばれてるとは。
しかも「ちゃん」付けで!
「打ち合わせもな、テキパキとするねん。ようしゃべってな。何か夢見てるんちゃうかと思って頬っぺたつねったわ」
ほら見てと、見せられた女優さんのSNSのページには、
『かんちゃんの髪飾りを着けて、初めての時代劇がんばりまーす』
と書かれていて、父と腕を組んでピースをする女優さんの写真があった。父は薄笑みを浮かべている。
薄笑み!!なんとレアな。
私と一緒に写る写真は、全て大仏顔なのに。
父は60歳にして新たなワールドに突入したらしい。
これを見た若いお客様が、『かんちゃんいますか?』と言ってくるので大笑いやと、母は本当におかしそうに笑った。
お店の売り上げも、私がいた頃とは比べ物にならないくらい増えたそうだ。
「もうすぐ仁君にも全部お金を返せそうや。お父さんが気にしてたから。嫁ぎ先に実の親が借金してるなんて、志乃が肩身の狭い思いをするって」
「とにかく、うちらは大丈夫やからあんたも頑張り」
そう言われて送り出された。
ホッとしながら、店を後にする。
来てよかった。女将さんに感謝感謝だ。
来たときよりずっと足が軽くなった気がした。