若女将の見初められ婚
「お見合いの時に、結婚を断わってくれてもいいというようなことを言ったが、アレは嘘や。断られてたら、また次の手を考えて、何としてでも志乃を手に入れてた」
真剣な眼差しでまっすぐに心を伝えてくれる。それは素直に届いた。
「それだけ、俺は志乃が好きや。
志乃のことを愛してる。」
愛おしそうに呟く、しの君の顔が滲んでくる。
「私も、しの君が好き」
掠れる声が震える。
「理沙さんに政略結婚って言われた時、それは違うって言えなかった。お互い愛し合ってるって確信が持てなかった。でも今はちゃんと信じてる」
溢れ落ちた涙を唇で受け止めてくれた。
「今日、お母さんに『夫婦はすり合わせが大事』って言われた。
お互い少しずつ我慢して、すり合わせをする。しっくりくる場所が見つかったら、もう我慢を我慢とは思わなくなるって。
私も、しの君とそういう場所を見つけていきたい」
しの君は優しく微笑んで頷いてくれた。
「今日の大の話も反対して悪かったな。志乃やったら、やりたいというやろなと思った。
でも、若女将としてどんどん成長していく志乃が離れていくようで寂しかった。いつまでも、自分の籠の中に閉じ込めたかった。
俺は『いわくら』の若旦那としても、志乃の夫としても失格やな」
端正な顔が苦く微笑む。
しの君は私のずっと前を歩いていて、必死に追いかけなきゃと思ってきたけれど、しの君にも不安に思うことがあるとわかって、少しホッとした気持ちになる。
初めて聞いた胸の内は、私を十分安心させた。
あぁ、私はこの人のことが本当に好きなんやわ…
「私、どこにも行かへん。ずっとしの君の側にいる」
頬に添えられた、しの君の手に自分の手を重ねてみた。
「でも、女将という仕事は好き。
これからもっともっと着物のことを勉強したい。
前に理沙さんに、『女将は店を支える裏方』って言われたけど、それだけじゃないことも証明したい。
もちろん『いわくら』を支えることが女将の仕事やけど、女将さんは外でもたくさんの仕事をしてるでしょ?
私も、しの君と一緒にいろんなことに挑戦していきたいと思ってる」
しの君は私をぎゅっと抱き締めてくれた。
「志乃は最高やな。最高の女将で最高の嫁さんや。これから二人でいろんなことを頑張っていこう」
私もぎゅっと、しの君に抱きつく。
これが「すり合わせ」なんやなぁ。
すれ違いかけたら、話し合ってしっくりくる場所を探してゆく。
こういう日が積み重なると、いつか、すり合わさなくても大丈夫な日がくるのだろうか。
しの君の腕の中で微笑んだ。
しの君に包まれていると、温かくてなんだか眠くなってくる。昨日は、いろいろなことがありすぎて寝不足やから。
このまま寝てしまっても運んでくれるかな…
微睡みそうになった時、突然、しの君が私を抱き上げて立ち上がった。
「ひゃっ。」
びっくりして、しの君にしがみつく。いい気持ちで寝そうだったのに…
しの君は私の耳を甘噛みして囁いた。
「体のすり合わせも大事やで」
真っ赤になった私を抱いて、しの君は嬉しそうに和室に入って行った。
今夜も寝不足やな…
私は諦めて、しの君の首もとに顔を埋めた。