若女将の見初められ婚
夏・京都
*◇*◇*
それからは、イベント準備に追われる毎日が始まった。開催まで二ヶ月を切っている。
他の店舗はずいぶん前から出店が決まっていたので準備に余裕があるが、「いわくら」は突然決まったので、急ピッチに作業を進める必要があった。
会場は、くらき百貨店の七階催事場。
今日は初めて会場を訪れた。どのような展示にするのかを決める打ち合わせをするのだ。
しの君も一緒に来てくれ、いろいろとアドバイスをしてくれることになっている。
「おぅ、仁もきてたんか」
倉木さんが女性を従えてきた。
秘書さんかな?
黒髪を後ろで一括りにし、メガネをかけた真面目そうな女性だ。メガネで隠してはいるが、ものすごく綺麗な人だった。
「こちらが『いわくら』の若旦那と若女将や」
倉木さんが、私たちのことを紹介してくれる。
「くらき百貨店催事部の吉木と申します。これから『いわくら』さんを担当させていただきますので、よろしくお願いいたします」
さすが百貨店の社員さん。
挨拶も丁寧だが、とても綺麗なお辞儀をしてくれた。
このイベントは接客の勉強になるかもしれない。また一つやる気が増した。
「岩倉志乃と申します。このようなイベント出店は初めてなので、ご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」
私もきちんと挨拶をした。
顔を上げて吉木さんを見る。
全くの無表情。
美人さんの無表情は迫力がある。
ちょっと引き気味になるが、無表情は父で慣れているではないか!
きっといい人に違いない。気を取り直す。
「吉木は、催事のプロや。何でも相談してくれ。志乃ちゃんには、男より女性の担当者の方がいいやろ?」
倉木さんはからかうように、しの君の肩をポンポンと叩いた。
しの君は倉木さんを無視したまま、吉木さんに向き直る。
「妻のことをよろしくお願いいたします」
ニッコリと挨拶をしてくれる。
「承知いたしました」
吉木さんは、メガネをクイッとあげると表情を変えることなく返事をした。
百貨店の人って愛想がいいっていうイメージやけど、吉木さんみたいな人もいるんやわ…
しの君の笑顔を見て、全く表情を変えない女の人がいるとは。
なかなか手強そうな吉木さんに、若干顔がひきつる。
「早速ですが、どのようなお店にするか、考えてきてくださいましたか?」
吉木さんは、テキパキと仕事を始めた。
「こ、こんな感じはどうかなと思って考えてきたんですが」
いかにも「出来る人」という感じの吉木さんに、素人の考えが認められるのだろうか。不安でつい口ごもる。
緊張しながら、考えてきた店のデザインを見せると、吉木さんは工事の人を呼んであれこれと指示をする。
専門用語が飛び交うので、よくわからないが、このデザインで大丈夫らしい。
よ、よかった…
ホッとしている私とは違い、数々のイベントをこなしてきた しの君は感心していた。
「吉木さんはスゴいな。全面的にお任せで大丈夫そうや」
倉木さんは満足気に頷いた。
「吉木は催事部のエースや。今回は全体を見るチーフをしてるから、本当は店舗の担当はしてないが、志乃ちゃんには、ちょっと贔屓して担当につけた。ありがたいと思ってくれ」
催事部のエース!そんなスゴい人だったとは。
迷惑をかけないようにガンバリマス…
それからは、吉木さんの素晴らしい指揮能力が発揮され、あっという間に打ち合わせが終わった。
お店に置く商品の搬入日など、細かい指示を受け、宿題を出された小学生のような感覚になる。
吉木さんのことは、これから吉木姉さんと呼ぼう…
姉さん、どこまでもついていきます!
尊敬の眼差しで吉木姉さんを見つめ、会場を後にした。