卒業
3月1日。
卒業式が終わり、教室には私1人が残っていた。
生徒たちの座っていた席をただ眺めている。
初めて自身が送り出した生徒たち。
うれしいけど寂しい、そんな複雑な気持ちが渦巻いている。
誰もいない静かな教室の真ん中で目を閉じると映るのは、
平野くんと一緒に勉強をした日々。
そして、キスをされたあの日のことばかり。

“卒業おめでとう”

ただその一言しか言えなかった。
きっとそれでよかったのだと思う。
あくまで私たちは教師と生徒なのだから。
なのに。それなのに。
私の目からは涙が溢れた。

「高木先生。」

突然呼ばれて振り向いた先には、平野くんがいた。
右手には卒業証書が握られている。
左手は身体の後ろに隠れていて見えない。

「平野くん…。」

私は慌てて手で涙を拭った。

「先生に、渡したいものがあって。」

そう言って後ろに隠していた左手が差し出されると、
視界に虹色が飛び込んできた。
色とりどりの花束だった。

「受け取ってくれる?」

いつになく真剣な顔で平野くんが言う。
頬には微かに涙の跡が見えた。
私はゆっくりと手を伸ばし、花束を受け取った。

「綺麗…。」

「先生…まだ怒ってる?」

「え?」

「キスしたこと。」

「…。」

「もうわかってると思うけど、俺、先生のこと好きだよ。」

初めて言葉にされて、鼓動が急激に速まる。
私はきっと、この言葉を待っていた。

「…怒ってないよ。」

「本当に?」

「うん。最初から怒ってなんかいなかったの。
ただ戸惑って、どうしたらいいかわからなくて。
最初は、生徒のために何かしたい気持ちが全てだった。
それなのにいつしか、平野くんのこともっと知りたいとか、
会いたいとか、話がしたいとか。
それは教師としてではなくて…。」

言い終わる前に、平野くんに抱きしめられた。
思いのほか逞しい腕から、絶対に離さないという意志が伝わる。

「先生。俺、この学校は今日で卒業するけど、
先生からは一生卒業しないから。
今は花束しか渡せないけど、いつか必ず指輪を用意して言うから。
“結婚してください”って。」

平野くんは私を強く抱きしめたまま話す。

「平野くん…。」

「これからもよろしくね、先生。」


花の香りが漂う教室で、私たちは3回目のキスをした。
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