きみの笑顔にもう一度逢いたくて。
*全ての始まり*
「はぁ……」
今日もいつもと代わり映えのないつまらない1日を送ってしまった。明日こそは、自分にとって良い日にしよう,と毎日意気込んで布団に入るのに朝起きて、学校に行って、いつも通りに授業を受けて、友達と笑いあって、家に帰る。普通というのも悪くはないけど、さすがにここまで普通だと毎日が退屈になってくる。
私の親友の星菜(せな)は、バドミントンのクラブチームに小学校1年生のときから入っていて小学5年生になった今でも続けている。そして星菜には好きな人がいる。同じクラスの新井遥斗くんだ。彼はクラスの中心的な存在で彼の周りには、いつも男女問わず人で溢れている。だが、恋愛に関して奥手な星菜はなかなか遥斗くんに近づく事すらできずにいた。でも、星菜と遥斗くんには他の人が聞いたら喉から手が出る程に羨むであろう過去がある。この話を私が星菜から聞いたとき、さすがに嘘なんじゃないかと疑った。その話は、恋愛漫画そのものだった。その話の内容とは、星菜が寝坊をして制服に着替えてランドセルを背負って家から飛び出した瞬間だった。
「危ない!!」
その声が聞こえた方に顔を向けると、星菜の目の前に近くの高校の制服を着た男子高校生が自転車にまたがって酷く焦ったような表情をしていた。
「ごめんなさい。大丈夫ですか…?」
「私こそ急に飛び出してすみません。大丈夫です。」
その会話をしている後ろに遥斗くんが立っていたらしい。そう、ぶつかる寸前に叫んでくれたのは、その男子高校生ではなく遥斗くんだった。男子高校生が何度も謝罪をして自転車で去っていった後に星菜は遥斗くんのもとへ駆け寄り、
「あの…、ありがとうございました。」
「怪我がなくて良かった。学校に遅れちゃうから急いで行こっか。」
それまで2人は話したことがなかったが、この出来事をきっかけに2人は仲良くなった。学校でも2人で話している場面を良く見かける。──きっと、星菜と遥斗くんは両思いなんだろうな。
「いいなぁ。星菜は男子とそういう巡り会い方ができて。私なんかろくに男子と話もできないのにー。」
「あはは。美咲もいつか絶対心の底から好きだって思える人に会えるよ。」
「そうだといいんだけどねっ!」
私は少し星菜に皮肉を込めた表情でそう告げた。すると、星菜は少し顔を赤らめて照れていた。
──私もいつか、こういう人と出逢いたいな。
家に帰って今日を思い返してみると、やっぱりいつも通りのつまらない毎日だった。
「なにか熱中できるものを見つけたいな…」
独り言として呟いた言葉はすぐに消えていった。
「美咲ー!ちょっと降りてこれるー?」
「はーい、すぐ降りるー」
2階の部屋にいた私は、1階のリビングにいるお母さんにそう返事をして、電気を消して扉を閉めてリズム良く階段を降りた。
「お母さん、どうかした?」
「ねえ美咲、これを見て。」
そう言ってお母さんが私に見せてきたのは、大手芸能事務所のオーディションの応募画面だった。そのページの上に大きく目立つ字で新入生募集!と書かれていた。
「え?」
私の口から出た言葉は至って普通だったと思う。親に急に芸能事務所のオーディションを受けてみないか、と言われて驚かない子供はいないだろう。
「なんで、急に?」
「前から考えてたの。美咲には熱中できるものが無いから、なにか美咲が熱中できるものを見つけてあげたいって。」
「その答えがそれなの…?」
「いや、美咲が嫌なら別に受けなくても良いんだけど、芸能事務所なんかに入れたら、今までは経験できなかったような事が沢山できると思うし、新しい人間関係を築けるから………」
あぁ、こうなった時のお母さんはもう駄目だ。私がお母さんの意見に従うまでこんな事を永遠と言ってくる。
「だから、どう、かな?」
ここでワタシガ「嫌だ」と言ってもお母さんが諦めないのは知っている。だから、
「わかった、受けるよ。」
──どうせ落ちるから。
なんて事はお母さんには言えないけど、それが事実だ。大手芸能事務所なんかに私が受かれるはずもない。お母さんはとりあえずオーディションを受けてほしいだけだから、受けておけば落ちてもなにも言わないだろう。
「ほんとに!?」
「うん。」
ほぼあなたの強制ですけどね。
「じゃあすぐにこのオーディションの応募ページのURLを美咲に送るわ。必要事項を入力したらお母さんに見して。その後に事務所に送りましょう。」
「分かった。」
お母さんはちょちょいっとスマホの画面を操作して私のスマホにさっきのページのURLを送っていた。私は早速部屋に戻って必要事項を打ち込む事にした。面倒くさいことは早めに終わらせておきたい。名前、年齢、生年月日、特技、趣味、自分の長所•短所、自己PR、その一通りをちゃんと打ち込んでまたリビングに降りてお母さんにその画面を見せた。お母さんはゆっくり時間をかけてからそれらを読んで、
「うん、良いわね。それで送りましょう。」
私が後でやる、と言ったらやり方が分からないだろうとか言って、お母さんの横で送らされる羽目になった。本当は書くだけ書いてお母さんに見せた後全て消して応募もする気はなかったのに。そんなことを考えているとお母さんが、
「はい!応募完了!」
結果は来週中に届くらしい。まぁ落ちたのは確定だから特に結果は気にしていないけど。
「ただいまー。」
呑気な口調で玄関のドアを開け、私たちにそう声をかけたのはお父さんだ。
「おかえり。」
「あら、早かったわね。おかえり。」
「今日は営業終わりにそのまま帰っていいと言われたんだよ。」
「そうだったの。あ、そう、聞いてよ。美咲が芸能事務所のオーディションを受けることにしたのよ!さっき書類を送って来週中には結果が分かるんですって。居間からドキドキする。」
お母さんが興奮気味にお父さんにそう告げると、お父さんは目を見開いて
「え!?美咲が?」
「そうよ。あの子がやってくれたの。」
「そうかぁ。良かったなぁ。美咲、頑張れよ。」
「え、あ、うん。ありがとう。」
受かるはずもないのに2人してこんなにも応援してくれるものだから少し申し訳ない気持ちになる。
その日の夜は結局あまり眠れず、次の日の朝を迎えた。
*君との出逢い*
お母さんの指示通りに大手芸能事務所へ書類を送ってからちょうど1週間が過ぎた。今回芸能事務所のオーディションを受けたことは、学校の誰にも言っていない。多分、言ったところで驚かれるか、信じないかくらいだろう。そもそも、どうせ落ちることが分かっているのにオーディションを受けたことを伝える意味がない。
お母さんは今日の朝からずっとそわそわしている。お母さんは専業主婦だから平日でも家にいるのは当然だが、私まで今日家にいる羽目になるとは思っていなかった。私が今日は平日にも関わらず家にいるのは、先週の土曜日に授業参観があったからだ。つまり今日は、その時の振り替え休日、というやつだ。
どうやら結果は今日のお昼頃にメールで届くらしい。
─ピロンッ
お母さんの反応は早かった。
「美咲っ、今っ、スマホの通知音が鳴らなかったっ?」
「鳴ったよ。」
「結果が届いたんじゃない?早く見てみましょうよ。」
そういうお母さんの口調は酷く焦っていた。お母さんは私が受かれるとでも思っているのだろうか。
「分かった分かった。」
そういい私がスマホの画面を付けると確かにメールBOXに未読のメールが1通入っていた。開いて見ると、初めのほうはオーディションを受けてくれたことに対する謝礼がつづられていた。そして、読み進めると、さて、今回のオーディションの結果ですが、、、という書き出しがあり続いている言葉を見ると、
「合格!?」
そう叫んだのは私だった。お母さんは隣で声にもならないような表情で驚いている。
──なんで私が…。
「美咲!良かったわね!次はこの事務所に行って2次審査があるらしいわよ!このチョウシデ頑張ってねっ!」
お母さんの目は喜びで満ちていた。