ひと雫ふた葉 ーprimroseー
10ly.空合いに花樹
1es.雨止みの空模様
〝紅苑家、謎の崩壊。怪我人多数〟────。
そんな記事が世間に飛び交って約1年。やっと事態が落ち着き、紅苑一家は日凪神社を訪れていた。
「お久しぶりです」
祭殿へと通された3人を、神憑の正装である維衣に身を包んだ柴樹が出迎える。
4人が顔を合わせるのはあの事件以来だった。
「君が柴樹くん。話は全て息子から聞かせてもらっているよ。いずみだ、よろしく」
「いずみさん。よろしくお願いします」
雨香麗の父であるいずみが柴樹と握手を交わした時、廊下の向こうに人影が現れ、彼は陽気な態度で声をかけた。
「あ、どうも、紅苑さん。お久しぶりです」
「宗徳くん、久しぶり。同い年なんだし、いい加減敬語やめてもらってもいいかな」
「あはは! いやぁ癖ってなかなか抜けへんもんで」
豪快に笑う宗徳に悪戯な笑みを浮かべる麗司。この2人はあの事件以降もよく会っていたため、だいぶ砕けた空気を纏っていた。
「そうや。もうあばら大丈夫なんか?」
「うん。一応、無理は禁物だって言われてるけど」
「徳兄……今日は皆お客様として来てもらってるんだ。もうそろそろ、中へ」
少し棘のある話し方をした柴樹に、宗徳は「すまんすまん」と慌てて祭殿へと入り、紅苑一家を案内した。
そして柴樹は祭殿の中でも一段高くなっている舞台に腰を下ろし、一家に背を向けて眼前の神棚に深々と頭を下げる。
ゆっくりと頭を上げ、今度は神棚に背を向けて紅苑一家に向き直った。するといずみが遠慮がちに口を開く。
「宗巫様。神憑をされる前に少し、お話をいいですか」
「どうぞ。そして神憑の時以外、どうか楽になさってください」
人懐っこい笑みをいずみに向けながら柴樹は言う。いずみもその言葉にいくらか肩の荷が下りたのか、ひとつ小さく息を吐いて話し出した。
「では……2つほど話そうと思ってね。ひとつは改めてお礼を言いたい。雨香麗が目を覚ましたのは大いに君の力があったからだと、君のお告げの力があったからだと聞いた。本当にありがとう」