ひと雫ふた葉 ーprimroseー
2es.氷雨に揺れる蛍
「今日はどこ行くの?」
雨香麗と出会ってもうすぐ1週間。別れは刻一刻と迫っているのに、俺はまだ何もしてやれないでいた。
どんよりと重たい雲を湛える空とは対照的に、雨香麗は無邪気な笑顔を向ける。
「今日はとっておきの場所に案内するよ」
そう答えれば雨香麗の顔には花が咲く。可憐で儚く、美しい花だ。今にも消えてしまうそうなその笑顔を守りたい。
そう思うのに、俺にできることは独りきりの雨香麗に、偽りを以て寄り添うことくらいだった。
そんな俺を、彼女はいつも笑顔で迎えてくれる。
「とっておき? どんなところ?」
無垢な瞳で俺の顔を覗き見て雨香麗が言う。俺はそれに「内緒」とだけ返して先を歩き出した。
本当なら雨香麗の記憶を取り戻したい。全て思い出してほしい。そしてまた笑い合えたら……。
けど、今の俺にはそんな力なんてなかった。記憶の欠片を探す手伝いもできない。案内できるのは俺の知る安全な場所だけ。
廃工場や寂びれた森林、廃ビル……人のいない、あいつらのいない場所しか見せてやれない。都会に出れば瞬く間に目をつけられ、追われるのがわかりきっている。
だからそういった場所を選んでは、雨香麗を世界から隠すように移動してきたんだ。
でももう時間がない。そろそろ離れなければ、そんな予感が強くなっていた。
だから今日、雨香麗に少しでも綺麗な景色を見せたかった俺は、先日見つけた場所に雨香麗を案内することにした。
古びた軒が並ぶ住宅街の外れ。そこには栄える都会に似つかわしくない、深い森が広がっている。入口にあるのは細い獣道と乱雑に伸びる草木。
「ね、ねぇ。大丈夫なの? ここ、なんか怖いよ……」
「平気。大丈夫だよ」
今日の天気も相まって、薄暗く陰湿な雰囲気をかもし出す森を見て雨香麗が怖気づく。俺はそんな雨香麗をの手を取り、距離を近づけた。