ひと雫ふた葉 ーprimroseー
「う……っ」
しかし視界は歪み、襖の隙間に見えるわずかな廊下の薄明かりでさえ、目を刺すような眩しさに思えて仕方がない。
左手で目頭をおさえながら俯き、必死に自分に言い聞かせる。
俺にできることがあるかはわからない。でも、でもきっと雨香麗を助ける方法はあるはずなんだ。
錫杖の音に反応してしまっただけでも雨香麗の〝糸〟は相当細い状態のはず。それなのに雨香麗は音に反応するどころか、閉じ込められてしまった。
今の彼女はいつ堕ちてしまってもおかしくはない。
考えれば考えるほどあせり、目を細めながら一歩前へ足を踏み出すけれど、体はほとんど限界だったのか、操り人形の糸が切れたように突然全身の力が抜け、前のめりに倒れてしまう。
多少の衝撃を覚悟して目を閉じたが、俺の体は知らない男の声とともに動きを止めた。
「……ほんに、いらちやなぁ」
関西訛りなその声にゆっくり瞼を開けながら顔をあげると、ぼんやりとした中、若い男と目が合う。
どこかで見たことのあるような顔。けれど、すぐに気のせいだと言い聞かせ、男の肩を力なく押し退けながら口を開いた。
「勝手に言ってろ……。俺、は……行かなきゃ……ならなっ……」
再び激しい咳が言葉を遮るが、それでもまた廊下へ歩き出そうとする俺の耳に、懐かしさを含んだ声が響く。
「少し見ない間に、ほんまおおきゅうならはったわ……坊」
────ぼ、ん……?
そんな呼び方で俺を呼ぶ人物は一人しかいない。けどもしあいつだとしても、もう帰って来ない……いや、帰って来られないはずだった。