ひと雫ふた葉  ーprimroseー




 次第に母には話せる時間減っていき、それが死に近づいていることだと嫌でもわかってしまったと言う。

 麗司も妹の雨香麗も、それを重々承知の上で毎日母に会いに行っていた。けれど最後までそんな母と向き合えなかったのが父だったらしい。

 『自分の体なのだから、もうわかっている』そう母は言っていたが、父は断固として認めず、『必ず治る。良くなる』と励ましていた。

 しかし当たり前のように別れは訪れ、とうとう5年前に母は他界してしまったそうだ。

 父はいまだそのことを引きずり、母の遺骨を日澄宗(ひすみそう)寺院に納骨(のうこつ)してから一度もその話題に触れようとはしない。




「ずっとずっと、目を背けたまま向き合おうとしない。できないから、きっと君達が訪れた偶然も受け入れたくなかったんだ」




 一度座り直し、麗司は場の空気がこれ以上重くならないよう、先程よりも明るい声で問う。




「ところで君達の目的が〝雨香麗を救いたい〟って話だったけど、もう少し詳しく聞いてもいいかな」




 その問いには宗徳が率先して答えた。

 できるだけ信じてもらえるように、相手が呑み込みやすいように……慎重に言葉を選びながらも宗徳が口ごもれば時々瑮花が助け船を出し、説明する。

 日凪神社での神憑にて雨香麗を知ったことや、宗徳は家系的に霊が見えるため、雨香麗が危ない状態だとわかってしまったこと、雨香麗が瑮花の小さい頃の友であるという嘘も交え……──。




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