ひと雫ふた葉 ーprimroseー
「そう言えば……この間、朱紗が話しかけてきたんだ」
「朱紗様が? 神憑の時じゃなく?」
「そう。『四囲に災いを纏いし生きた魂を感じる』って」
瑮花はそれを聞いて首を傾げた。
「災い? 生きた魂? うーん、やっぱり神様の言うことって難しいのね」
一度考える素振りを見せるものの、瑮花はまたすぐに口を開く。
「ともあれ、あたしはその雨香麗ちゃんを救うのが最優先だと思うな」
「雨香麗を……すく、う……?」
雨香麗が霊体でそこにいた。それはもう、彼女がこの世にいないことを指している。
それを救うなんて……──。
俺がそんなことを思っているのが伝わったのか、瑮花は首を振って言い切った。
「普通の人なら死んだら諦めるでしょ。でもあたし達は違う。〝宗巫〟なんだから」
瑮花は「あたしはまだ〝見習い〟だけど」と照れ笑うが、その言葉に急に光が差したような気持ちになる。
────そうか、俺なら……まだ、雨香麗を成仏に導けるかもしれない。少しでも、今からでも。助ける術があるなら、最善を尽くそう。
「いい顔だね。やる気になった?」
いたずらに笑う瑮花に、少し元気を取り戻した声色で相槌を打つ。ちょうどその時襖が叩かれ、母さんが茶菓子を手に戻って来た。
「ごめんね~。遅くなっちゃって。お父さんが片付たせいでお茶菓子が行方不明になっちゃって」
怒ったふりをしながら言う母さんを瑮花が笑い、俺もつられて微笑む。
「あら。柴樹すっかり元気そうじゃない。やっぱりよかったわ、瑮花ちゃんが来てくれて」
そんな俺を見て母さんも安堵の笑みを漏らした。
温かな空気が部屋を包む中、俺は心に決める。
雨香麗を悪霊になんかさせない。想いを伝えることはもうできないかもしれないけど、でもそれでも、大切な人の最後を見送れるのなら本望だ。