ひと雫ふた葉 ーprimroseー
いつもは会話をすることさえ困難な朱紗と話したおかげで、奥底に眠る自分の本心と向き合うことができた気がした。再び顔を上げ、爺や父さんを真っ直ぐに見る。
「俺はあの子を救います」
そして今までの迷いを全てを振り払うように言い放つ。
……初めてだ。情に任せず、ちゃんと父さん達と向き合うのは。だからか父さん達も驚いたような顔をし、母さんに至ってはなぜか泣きながら笑みを浮かべていた。
場に混沌とした空気が流れる中、爺が珍しく穏やかに笑い、口を開く。
「そうか。して、お前はどうするつもりだ」
何か試すような物言いだったけど、そんなの最初から決まってる。
「神憑を行います」
もう折れない。もう迷わない。これが俺の決めた道。
俺は正座をしたまま半歩後ろへと下がり、手をついて腰を折る。すると立ち上がる気配がしたあとに、額に触れられる感覚がした。
「……宗巫の名のもとに神降ろしを認め、その力を汝に与え賜うことを示そう」
その声にゆっくりと顔を上げれば自らの額に左手を当て、俺に深く頭を下げる爺の姿が目に入った。
爺の行った互いの額に触れる、という行為は神に忠誠を誓うと同時に、その神へ祈りを乞うものだ。そして神憑は、その神社で一番の権力を持つ宗巫からの許可と協力がいる。
……つまり、爺は神憑を行うことを許し、協力する意を示してくれた。今まで反対していた爺が。普段、月1で行われる正式な神憑にだっていい顔をしない爺が、だ。
何か変わりつつある流れに身を任せ、俺は再び深く頭を下げる。
「────我が身朱紗萩吏凰ノ御琴へ捧げることを誓い、我が生涯を以てこの地に栄光を」