ひと雫ふた葉  ーprimroseー

2es.朱に染まる雫音





 広い祭殿に爺と父さんの祝詞(のりと)が低く響き渡る。それに合わせ、母さんと沙与(さよ)さんの歌声が重なり暗い視界が点滅しだす。

 今回の神憑だけは、失敗できないんだ。

 神憑の正装である維衣(ゆいぎぬ)の裾を強く掴み目を閉じる。

────お願いだ朱紗、力を貸してくれ……!

 今までになく強く願った時、ふわりと体が軽くなる感覚を最後に、俺の意識は神の中へと(いざな)われた。

 ……あれ、でも……。なんだろう。いつもの神憑とは何かが違う。

 いまだ目が開けられず、感覚だけを研ぎ澄ます。すると背後から音もなく近づいた何かが俺の目元を覆った。




「我は嬉しいぞ」




 そっと手が解かれ、声の主を振り返る。




「君が、朱紗?」




 白く重力を感じない不思議な空間。

────ここは……どこだろう。

 眼前には朱く薄い布を身に纏い、背に鳳凰の如く立派な翼を持った人物が佇んでいた。地につくほどに長い白銀の髪をなびかせているのに、その性別はどちらともとれない。
 けれど幼い頃から聞いていた通りの姿に、どこか安堵している自分がいた。




「我が身はそなたが映しているに過ぎぬ」

「え……っと、それはどういう……」




 相変わらずややこしい言い方をする朱紗に苦笑いを浮かべる。すると朱紗はまた音もなく俺に近づき、顔を覗き込んだかと思えば小さく笑って言った。




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