ひと雫ふた葉 ーprimroseー
8ly.花鏡に映る覚悟
1es.差し伸べる手に突く寒雨
頬を打つ暴雨は、まるでこの先へ立ち入ることを拒んでいるようだった。
────雨香麗……。
薄暗く嫌な雰囲気を纏う路地裏。皮肉にもあいつらが雨香麗を呑み込んでいるおかげで、その気配を探るのはたやすかった。そこへ近づく度に、全身に鳥肌が立つ。
────体が、拒否してる。それほどまでに雨香麗は力をつけているんだ。
一歩一歩、路地を進んで行く。突き当たりのT字路を迷わず右へ曲がれば、黒くドロっとした塊が蹲っていた。
「……しずく」
少しかがみ、穏やかな声でそう声をかければ、それはゆっくりと顔を上げた。
呑まれそうになっているけど、ずっと抗っている。その証拠に、雨香麗はまだ自我を保っていた。
雨香麗は俺の顔を見るや否や、目を見開いて何度も口を開けては閉じる。
「大丈夫。僕はもう、どこにも行かないよ」
そう言ってドロドロにまみれた雨香麗をそっと抱き締める。次第にその手を強めていけば、俺達を暖かい光が包み、奇声を発して雨香麗の周りに蔓延っていた死霊が消え去った。
「っあ……」
同時に雨香麗からも声が漏れる。
「紫樹……っ! 紫樹、会いたかっ……」
雨香麗はすぐ勢いよく話そうととするけど、それは涙でつかえてしまう。そんな雨香麗を落ち着けるように、しばらくの間背を撫でてやる。
俺も会いたかったこと、独りにさせてしまったこと、助けに来たかったのに来れなかったこと。いろいろゆっくりと話しながら、雨香麗が落ち着くのを待った。
「……落ち着いた?」
「うん……ごめん、ありがとう紫樹」
ようやく落ち着き、離れようとした雨香麗の手を強く掴んだ。
「手は、離さないで。またあいつらがやって来る」
「う、うん」
それから雨香麗と話し合った。雨香麗がどうしてああなってしまったのか、何があったのか、本当のことを知りたいか。