巻き込まれ召喚された身でうっかり王子様に蹴りを入れたら、溺愛花嫁として迎えられることになりました【WEB版】
「あ」
私、 梶咲璃星と申します。
日本人です。歳は二十二。
要領が悪いです。
「精霊と契約できる“人間”がほしい」として二年前、異世界『ラルディカ=アード』に召喚された学生たちに巻き込まれました。
そう、私が今いる場所は異世界なのです。
いやー、人生なにが起こるかわかりませんね。
ただ残念ながら私は精霊に選ばれず、魔力も魔法も得られませんでした。
つまり役立たず。能無しの用無しです。
なので私は、私たちを呼び出したエルフの国のお城でメイドとして働いて生きてました。
毎年恒例の『国際会議』も、配膳係として来賓をおもてなししていた——そんな時です。
前方から大陸最強の『竜人族』が現れました。
まずい、このままでは進路を塞いでしまう。
そう思って、離れようとした。
それはまさに——その瞬間。
「!」
振り返ったそこに、ふわふわもこもこのわたあめがいました。
私はそのもふっとしたものに顔面を埋めて視界を奪われて、それを剥ぎ取ろうと手に持っていたお盆を落っことし、持っていたグラスをがシャンと落っことしたことでバランスを盛大に崩して後ろに倒れ込んでしまう。
おそらくは……その人はバランスを崩し、後ろに倒れそうになった私を——助けようとしてくれたのだと思います。
「——!!!!」
「!?」
けれど、私とて二年間城のメイドとしてビシバシに鍛えられた身。
寸前で片脚を後ろに伸ばし、バランスを取り戻そうとしたのです。
でも、その後ろ脚がまさかあんなトコロに当たってしまうなんて、誰が予想でしたでしょうか?
感触としては、こう、なにやら柔らかで、フニッとしたモノへ爪先がドカッ!っと入った感じでした。
そしてその瞬間、前が見えない私の肌でも感じ取れるほどの緊張感。
場が凍りつく。
……そんな感じの空気感でした。
「……?」
両足を床につけ、もふもふを手に取り見てみると、それは私と一緒に召喚されてきた当時女子高生の一人、松原初美ちゃんの契約した精霊。
お名前は確かユキちゃんという、風の精霊。
私と目が合うとユキちゃんは慌てたようにパタパタ小さな羽根を揺らし、逃げていきます。
見た目は本当に可愛らしいですね。
でも、なんというか、場の空気は相変わらずおかしいんですが。
気のせいかもしれないんですけど、後ろからうめき声のようなものも聞こえます。
周囲にいた来賓や使用人たちも顔を青ざめ、特に男性が尋常ではない怯え方をしているような……?
「で、殿下……だ、大丈夫ですか?」
そう、後ろから聞こえて私は背筋を正します。
とても嫌な予感がするんですが……まさか、まさか?
そして、私の後ろにいたであろう人たちを思い出して冷たい汗がどばりと出ました。
……そう。私の後ろにいたのは、この大陸の支配者ともいうべき『亜人国』の竜人族。
「……っ」
この世界『ラルディカ=アード』は、主に二つの強大な力を持つ種族の国によって成り立っています。
一つは五片魔王が支配する『魔族国』。
もう一つは竜人を筆頭とした『亜人国』。
この国、『森人国』は『亜人国』に従属する形で自治を行なっているに等しい小国の一つ。
人間やドワーフ、獣人など、この大陸には様々な種族が存在するのですが、それらを合わせても竜人は最強の種族であるため『支配者』として君臨しているのです。
そんな、大陸の覇者……竜人族のどなたかに、まさか……私……。
「…………っ」
おそるおそる。
それこそ油切れのブリキ人形のように。
私はゆっくりと、ギギギギギ、と、振り返るます。
どうか、どうか、悪い予想よ外れてください。
そう祈りながら、願いながら。
「殿下」
「ふっ……ぐっ、うっ……!」
「……!」
振り返った先にいたのは紫紺の髪の男性が、床に股間を押さえて震えながら蹲る姿。
周りの従者たちらしき人たちが、しきりに「殿下、大丈夫ですか」「気をしっかり!」「その痛みに耐え抜いてこその次期王です!」「頑張ってください!」と、もはや案じているというよりは応援していました。
しかし、なにか力尽きたかのように「殿下」と呼ばれた男性は突如床に上半身を倒してしまいます。
場のざわつきは、もはや悲壮感すら混じっていますね。
ええ、私も今にも気絶しそうです。
男性陣からの道場の眼差しがものすごい。
というか、私が感じたあの感触と、彼が押さえていた場所……まさか、まさか、そんなまさか?
違いますよね? 冗談ですよね?
私は震えながら、痛みに耐える男性の復活を祈りました。
声をかけるのもなんとなく恐ろしい状況。
しかし、逃げるわけにもいきません。
だってもし、万が一……あの感触が考えている通りなら……私は——。
「女ぁ!」
「は、はぁい!?」
その瞬間は突然やってきました。
男性は顔を上げ、涙を流しながら叫ぶので思わず返事をしてしまうけれど、私で合っているでしょうか?
あたりを見回すが、彼の睨むような眼差しは私しか映していないので確定ですね、はい。
「も、申し訳——!」
やっぱり私の足は、彼の大事なところに当たってしまったのです。
そりゃ床に突っ伏して痛がるのも無理はないですよね。
頭を下げ、謝罪しようとした。
「俺を本気で泣かせたのはお前が初めてだ!」
でしょうね!
「強い女、気に入った! 我が妻となれ!」
「……………………はい?」
なんて?
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