わがままイレブン!
4 デートはつらいよ
「ねえ。やけに日焼けした人が美咲を呼んでいるよ」
バスケ部と対決が済んだ翌日。
クラスメイトで親友の瞳に肩を叩かれて顔を上げた美咲に、サッカー部の三年の和希と純一が教室の入口で手を振っていた。
日焼けして真っ黒な二人に美咲は歩み寄って声を掛けた。
「お握り一個ならあるよ」
「腹は減ってないよ。実はな。相談したい事があってさ。練習終わった後、お前の家に行っても良いか?」
和希はそう恥ずかしそうに話すと頭をボリボリとかいた。こんな和希に美咲は首を傾げた。
「私は構わないけど。兄貴は遅くなるかもしれないから、少し待つと思うよ」
すると純一は長い髪をかき上げながら、和希のがっちりした肩にそっと手を置いた。
「俺達が相談したいのは美咲なんだ。あのさ、今のうちに連絡先を交換しておこうよ。ね、スマホを出して」
純一と美咲の様子を見て、和希はほっと肩を下ろした。
「じゃあ、練習終わったら行くから」
「はい。久しぶりにご飯作って待ってるね!」
その昼休み。
美咲はいつもの花壇の水やりに向かった。そこに、透が本を片手にやってきた。
「やはりここにいたか。あのな。部活動紹介を書かなくてはいけないんだが、今夜この文章を翼先輩に確認してもらえるかな」
「兄貴に見せて無駄ですよ?それよりも去年のを見本した方がいいと思いますけど」
「これだぞ?」
透の持つ冊子にはサッカー部のページに付箋が貼られておりそこでは英語が記されていた。
「クリスったら……」
「やっぱり。去年の主将のクリス先輩もお前の知り合いだったのか」
驚き顔の透は、うんとうなづく美咲を見下ろしていた。
「はい。彼も兄貴の後輩なので」
クリスを知る美咲は説明した。それは彼は日本語が苦手だったので英文で済ませのだろうと言うことだった。
「でもこの冊子は見覚えあります。多分、兄貴の時の前の冊子もうちにあると思いますよ。私、明日学校に持ってきましょうか?」
しかし透は提出が明日までなので、今日の練習帰りに真田家に取りに行くと言った。
「あ、あの。今夜は和希さんと純一さんが家に来るんですよ。なんか相談が有るらしいけど」
「……そういえば。お前の家では逢ったこと無かったな。奴らとも親しいんだな」
藤袴学院は幼稚園から大学まである一貫校。サッカー部の真田兄妹、陽司、ロミオ、尚人、クリスは幼稚園から。その他部員は初等部から通っているが、高等部からの入学した透は彼らの仲間関係がまだよくわかっていなかった。
「まあ、付き合いが長いだけですよ。それに純一さんには女子大生の彼女がいるし、和希さんには中等部から付き合っていた彼女がいたので、私も最近は全然、会っていませんでした」
「あの二人に彼女がいたとは?……。まあ俺は冊子だけもらって今夜は帰るから」
この時、ちょうどキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
「教室へ戻りましょうか」
「そうだな。行くぞ……み、美咲?」
……うわ。耳が真っ赤だ。
みんなと同じく自分と打ち解けたいと話していた透が無理しているようで美咲は心苦しくなってきた。
「透さん。無理してフレンドリーにしなくてもいいですよ?名前なんて別に適当で」
「いいや。大事な事だ!今はまだぎこちないけれど、練習するから!自然に言えるまで待っていてくれ……」
真面目な彼に美咲はおバカなサッカー部員を思い出し、本当に申し訳なくなり何でもしてあげたい気持ちになった。
「わかりました。では、冊子探して待っています」
こうしてこの日、彼女は家に帰り冊子を探し夕食を作っていた。
そして皆がやってきたのは夜の七時過ぎだった。
「うわ?久しぶりだ!翼は?……ん、これは酢の匂いがする」
匂いを嗅ぎながら大きなバックを玄関に置いた和希に美咲ははい、とスリッパを出し穿かせた。その後ろでは彼はにっこり微笑んでいた。
「この花壇の花きれいだね。美咲が植えたのかい?」
背後の純一は脱いだ靴を並べながら美咲にほほ笑んだ。
「そうだよ。それよりも二人を待ちきれなくて兄貴はもう食べてるから。あ。透さん」
「おう」
美咲は和希と純一を部屋へ上げた。そして玄関でいいという透をあがり框に座らせた。
「透さん、冊子は有りましたけど、ちょっと衝撃的な問題が」
美咲は、透にはいとグラスに入れた麦茶を進めてから、発見した冊子を一緒に開いた。
「このページです」
「これは……翼先輩のか?」
「そうみたいです」
サッカー部の欄には文字が無く、ただ誰かの手形がべたと押されていた。
「豪快だな」
「そんな風に思うのは透さんだけですよ。私は一瞬相撲部かと思いましたよ?だからクリスも参考にならないから、慌てて困って英文で書いたんだと思います」
「確かにこれは常人には無理だな……」
困り顔の透に、美咲は古ぼけた冊子を取り出した。
「でもね、透さん。その前年の真司先輩のまともな冊子があったので、これを持って行って下さい」
「……聞き捨てならないな?俺がまともじゃないといいたいのか、美咲?……」
「は?」
二人の背後にはいつの間にか翼が仁王立ちをしていた。
「だって兄貴。手形ってさ。何の紹介にもなってないよ、これ」
「すみません。先輩の紹介はあまりにも潔くて自分には無理です。俺は家に帰って日本語で書きますから」
すると翼は真っ赤な顔をして怒りだした。
「うるさい!和希も純一もお前に話しを聞いて欲しいと言っているから、透も飯を食っていけ!これは俺様の命令だぁー!」
こうして翼の命で透もご飯を食べていく事になった。美咲と透がリビングに顔を出すと和希と純一は笑って話を聞いていた。
そしてテーブルに付いた翼は、いただきますの号令を発した。
「今夜のメニューは、鉄火丼と、素麺だよ、どうぞ!」
美咲が用意した炭水化物料理に男子四名は一斉に箸を持った。
「あ、純一さんはこっちのカレーね。はい、スプーン!」
「嬉しいな……美咲は僕の好みを覚えてくれていたんだ?」
「もちろん。生ものは苦手だものね」
純一は長い髪を美咲に借りたゴムで結び、カレーライスにスプーンを入れて食べていたが、それを和希はじっと見ていた。
「……それにしても。以前よりも豪快になってるな、真田家の食卓は」
和希はそういってラーメンの器でつくった鉄火丼をむしゃむしゃと食べていた。
「今夜は特別だよ。魚市場に務めている近所のおじさんが、たまたまマグロの切り身をくれたから」
「たまたま?これを?」
透は大きな切り身を箸でつまみ覗き込んでいた。それを見て翼は得意げに話し出した。
「ああ。それは俺が川沿いの道をたまたま全速力でジョギングしていた時の事だった……」
帽子を川沿いの木の枝に引っかけて困っていた人を発見した翼は、その時たまたま通った小学生が持っていたサッカーボールを借り、川の対面からドライブシュートを放ち帽子を無事ゲットし、本人に返してあげた感動ストーリーを語った。
「帽子おじさんは恩に感じているって言ってさ。こうして時々職場のマグロを
こっそり持ってきてくれるんだ。美咲、お代わり!ガリは山盛りな!」
「……相変わらずすげえな、翼は。それに引き換え俺は?うう……」
そう言って和希は目に涙を浮かべた。美咲はこんな彼に駆け寄った。
「ど、どうしたの?悲しい事でもあったの」
「ツーンと来た……」
「ワサビかよ?!って、失恋がどうとか言ってなかったか?和希」
翼の突っ込みに和希は頷いた。
「実はさ俺さ。ずっと楓《かえで》と付き合ってきたのに。この前デートをしていたらいきなりキレて、『別れる』って怒りだしてさ。もう、絶望でボールも足に付かないんだよ……」
そういって手に持った箸でマグロを口にかき込んだ。そんな彼に純一は補足説明をした。
「和希ね。楓ちゃんの怒った理由が分かんないんだってさ。それを美咲に相談したいって事なんだ。ね。このシーフードカレーってまだある?」
「今温めてくるから待ってね純一さん。でも、怒った理由って本人に聞かないと分かんないんじゃないのかな?」
すると口の周りにご飯粒を付けた和希が、涙目で美咲に訴えた。
「それができたら苦労はしないよ!謝りに行っても完全無視なんだから。あいつ、本当に俺と別れるつもりなのかな……どうしよう」
そういって和希は空になった丼を悲しそうに見つめた。皆が彼を慰めている間。美咲はキッチンでカレーを皿に盛り、和希と純一の前にそっと置いた。この経緯を腕を組み目をつぶって聞いていた翼はかっと目を見開いた。
「よーし、わかった!美咲?お前、和希とデートしてやれ!」
「は?どうしてそんな流れになるの」
ドヤ顔の翼の説明によるとデートの再現をして彼女の怒った理由を検証しろ、というものだった。
「質問いいですか?」
挙手をした透を、翼は顎で応じた。
「その楓さんと美咲では、感性というか、怒るレベルが違うのではないかと思いますが」
「どういうことだ、透?小学生にも分かるように俺に話せ」
「はい、そうですね」
真顔の彼は大量に作った夕食を翼先輩がドタキャンしても美咲は怒らないが、普通はこうはいかないと話した」
「要するに美咲は寛大ですから」
「美咲が寛大?……ほお?透にはそう見えるのか」
「透さん。ありがとう!」
「ハハハ。じゃあさ、翼?そのデート、僕も付き合うよ。これでも一応彼女持ちだから。それならいいでしょう美咲?」
「純一さんまで?」
「お願います……お代わりも」
恥ずかしそうに頭をかく和希に翼はパンと手を叩いた。
「よし!では土曜日練習終りの午後、決行だ!」
こうして強引に美咲と和希のケンカデートを検証する臨時デートが決められのだった。
当日の土曜日の午後。
美咲は待ち合わせの駅に向かった。
……やばい、少し遅れちゃった。和希さんは……いた!
「ごめんなさい、和希さん!遅れて、はあはあ」
練習後の彼はブルーのポロシャツにジーンズ姿で立っていた。
「遅い!五分前行動が基本だろう!」
すると『ブブーッ』と音がした。
「和希……お前本気でデートする気あるの?」
腰に手を置いた純一は呆れ顔で和希の肩に手を置いた。純一は白のデザインTシャツにホワイトジーンズ。この日焼けした二人は背が180センチ以上あるので、この人混みでもすぐ見つける事ができるくらい目立っていた。
「このブザーはガチャガチャのおもちゃだけど、和希のNG態度の時に鳴らすからな。でも、この調子だと電池が持つかな……」
「純一、今の何がダメなんだよ?時間厳守だろう」
すると純一がふざけんな、と言わんばかりに和希の肩をつんと突いた。
「見ろよ。美咲の恰好。お前の為に少しでも可愛くなろうとサンダルを履いてきたんだぞ。だからいつもよりも早く歩けなかったんだ」
ここでようやく息が整った彼女は、髪を整えて顔を上げた。
「ごめんね。兄貴に云われてこんな恰好になっちゃって。やっぱりスニーカーにすれば良かったかな」
175センチの長身の彼女がめったにしない女の子らしい服装。白いブラウス、デニムのミニスカート。白いサンダル。ロングの髪を一生けん命にブローして時間がかかった美咲は、和希に素直に謝った。
「う。ごめん美咲」
気まずそうな和希を見て、純一はそっと美咲の頭を撫でた。
「美咲は遅れてなんかいないよ?僕らも今来たところだから。それよりも今日の恰好、可愛いね?髪型も洋服によーく似合っているよ❤」
「ありがとう❤」
この二人の仲睦まじい様子に和希はマジでびっくりした。
「お前達、それマジで言っているのか?」
「……演技だよ。でもね、あの兄貴さえも妹の私に『来てくれてありがとう』は言うよ」
「和希、お前、本当に彼女がいたんだよな?」
「うわー?俺そんなセリフ、人生で一度も言ったこと無い?……始まる前に終った……」
和希は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「それに和希?昨日美咲に連絡した?」
「……今日逢うのに変更は無いから。別に何もしてない」
純一の右手中のブザーは『ブブーッ』と鳴った。
「あのね、和希さん。私。純一さんから『明日楽しみにしているね』ってメッセージをもらった」
「ううう……それ以上、言わないで」
「お前本気でデートする気あんのかよ?あのな、和希?デートってのは待ち合わせ場所では無くて、約束した時から始まっているんだよ?」
純一の言葉に和希はゆっくりと立ち上がり、ふうと息を吐いた。
「……美咲、純一。俺、今までの自分をリセットして、今日はデートするから。あの、その……よろしくお願いします!!」
彼はそういって頭を下げた。そんな和希に美咲は声を掛けた。
「顔を上げてよ。ね、和希さん。行こう!デートでしょ?私は和希さんとデートするからオシャレしてきたのよ」
そうっ言って彼女は彼の太い肩をそっと叩いた。こうしてデートはようやく始まった。
つづく