わがままイレブン!

5 気持ちが大事

元彼女の楓とケンカしたデートをそのまま再現するので、行先は和希任せで美咲は彼と並んで歩いていた。土曜日の繁華街は恋人達や買い物客が行き過ぎていた。

すると背後から『ブブーッ』と音がした。

「……和希。何がダメか考えてよ」

「?荷物か。美咲のバックを持ってやればいいのか」

すると純一は、呆れた顔で和希を見つめた。

「あのな。そんな小さなバックを持ってあげている男を見た事あるか?お前が持つと引ったくりで通報されるぞ!基本男は、車道側を歩くの!そして歩幅を彼女に合わせるんだよ」

「車道側って。じゃなにか?男は車が来たら身体を張れって事か?」

喧嘩越しの和希に美咲は、コロコロと笑った。


「ウフフフ。そこまでじゃなくても。やっぱり車道側だと風が吹くから髪が乱れたり、スカートがめくれたりするから。やっぱり歩道側を歩きたいな」

「そういう理由なら納得だ。……美咲、こっちへ来い」

「はい。後ね。ここは石畳なので少し歩きづらいから。ここだけ腕を組ませてもらうと楽だよ。よいしょ」

「おう!」

腕を組んで歩いた美咲は、このスタイルにドキドキというよりも和希には悪いがお父さんと歩いているようで笑えてきた。

「……なんか、こう。いい感じじゃね?美咲」

「うん!」

和希にとって美咲は昔から知っている女の子であるので、美咲には悪いがお母さんと歩いているような気分で大変リラックスして歩いていた。

女の子と腕を組んで安全に歩く、というスキルを身につけた和希は嬉しそうに仲良しの美咲を歩いていた。


「うん、そうだね!……楓さんも、和希さんとこうやって歩きたかったのかもね。あ?あの服可愛い?ちょっとお店を覗いていい?

「いつもの俺ならダメって言うけど。そうか。女の子は興味があるんだな。いいぞ。覗いて行こう」

マネキンの着ている服が可愛いので、思わず店内に入った美咲だったが、二人を待たせているので急いで見ようとしていた。しかし、二人は店の奥まで入って来た。


「ね、美咲。試着してみなよ。それなんかいいんじゃないか?」

和希を連れてきた純一はこれもいいな、と服を手に取っていた。

「そう?ピンクとブルーのどっちが良いかな……和希さんはどう思う?」

「俺か?……。美咲だから本音を言わせてもらうけど、どうでもいいな!」

「じゃあさ、これを着て一緒に歩くとしたら、どっちを着て欲しい?」

「うーん。ピンクは派手で恥ずかしいから、俺はブルーを着て欲しいな」

「なるほど。すみません!これ試着させてください」

サイズがピッタリであったし、兄から予算をもらっていた美咲は、購入して早速着ていく事にした。


「じゃーん!どうかな?」


「……っうか。全然違う服買ってるし!」

和希の突っ込みに純一がお腹を抱えて笑った。

今日の美咲と相手は、身長があるので長身の美咲がが可愛らしい服を着てもおかしく無いと判断した彼女は、普段着ないような可愛い服を買ってみた。

「フフフ!だって。私は和希さんの彼女じゃないもん。でもね。さっきのように楓さんも和希さんに正直な感想を言って欲しかったのかもよ」

そういって歩きだした美咲に、和希もうんと頷きながら話し出した。

「……俺もそう思った。だって美咲みたく『似合う?』ってよく聞いていたもんな」

そうして三人で歩道を歩いていると、夏の照り返しで、アスファルトが熱く、だんだん汗ばんできた。

「おっと、美咲。直射日光眩しくないか?紫外線は女性の敵なんだから、俺が日陰になるぞ。遠慮しないでもっとこっちを歩けよ……。ほら、荷物も俺が持つから出せ!喉、乾かないか?トイレは大丈夫か?汗ふくか?」

「フフフ」

「……やればできるじゃん和希。まあ、彼氏を通り越してお父さん状態になっているけど。ところで、お二人さん?次はどこに行くの」

笑顔の純一は美咲と和希さんの間にすっと割り込み、二人の歩みを停めた。

「そうだった!実はケンカの原因になったところはこの辺なんだ」

和希の話では、この場所で彼女は疲れたと話すので、彼は腹が減ったから飯でも食おう、話したと過去を振り返った。

「俺はあそこのブラックラーメンが良いって言ったんだ」

「楓さんは?」

「……『和希は私の気持ちを何にも分かっていない』って言ってさ。それでケンカになったんだ」

この時、美咲が純一を見上げると、彼は首をかしげていた。

「楓ちゃんはどんな服装だったの」

「白いワンピースかな。あいつはふわふわした服が好きなんだよ」

「そんな服着ているのにラーメンは無いでしょう?」

「マジで?」

美咲の声に純一が、紙をかき上げた。

「たぶんそれだ。楓ちゃんは、服が汚れるから嫌だったんじゃないのかな。俺だったら違う店に入るよ。例えば、ここ!今空いてる時間だし、入ってみようか?さ、どうぞ」

純一の勧めで入ったお店はおしゃれなサンドイッチ屋さんだった。

「……ここに座ろう。冷房が当たるから美咲こっちだよ。俺の横」

そして純一がオーダーしてくれたサンドイッチを食べた和希と美咲は食後のアイスを待っていた。

「しかし、今日のデートで俺は反省した!マジで、楓に悪い事してたな」

そういって和希はテーブルに顎を載せていた。このションボリした顔に、彼を昔から知る美咲も可哀想になってきた。

「和希さんは本当に楓さんの事、好きだったんだね」

「ああ。気心知れたお前らだから言うけどさ。俺はあいつが大好きなんだ」

彼は恥ずかしげもなく語りだした。

「……笑うと無くなる細い眼が可愛いし、あの低い声も好きなんだ……。こんな我儘な俺と今まで付き合ってくれて、感謝しないといけないな」

「和希さん……」

「……」

「あーあ……あんなに優しくしてくれていたのに、何にもしてやれなくてさ。バカだよな?……一緒に居るだけで楽しかったのに……俺なんかにあんな良い彼女、もう二度とできないよ……一生独身だな。俺……」

「和希……本当にそう思ってる?」

「はい。え?…」


和希の背後の席から、白い服を着た女の子がすっと立ち上がった。

「純一君から連絡受けて、ここで話しを聞いていたの」

「楓……あの、その」

「ここで、好きって言って!」

「ここで?」

「早く!」

「美咲はこっちだよ」

すると隣席の純一は美咲を胸の中に抱きしめ視界と耳を塞いだ。そして数分後、腕を解いた。

「……和希。もう僕らは、いいかな?」

「ああ」

そこには頬を紅くした和希と楓が仲良く手を繋いでいた。

「……美咲、純一。ありがとう。俺は楓と、よく話しをするから」

「うん。帰るね、良かった……本当に良かったね……和希さん」

すっかりお母さんの気分の美咲は、涙、涙で純一に手を引かれてそっと店を出た。


「話さなくてごめん。楓ちゃんも復縁したそうだったから、和希の本音を聞かせたいと思ってさ」

「純一さんも和希さんが心配だったんでしょう?友達想いだものね」

「そんな事ないよ……。美咲?僕につかまりなよ。足が疲れただろう」

そういって駅までの道、純一は美咲と腕を組んでゆっくりと歩いていた。彼女がいるからエスコートがスマートな彼に、美咲は純粋に感心していた。

「そうだ?彼女の杏さんは元気?大学でお料理の勉強しているんでしょう?私も興味があるから久しぶりに逢いたいな」

しかし、急に彼の横顔が寂しく見えた。

「杏、か……。元気じゃないのかな。でも美咲は料理の勉強の必要ないよ」

「何を言ってるの?」

「学校に行っても調理方法を教えてくれるだけで、食べる人の気持ちまでは教えてくれないから。大切なのは今日の和希と楓ちゃんみたく、相手を想う事なんじゃないかな」

「……どうしたの、純一さん」

「先月別れたんだ、杏とは」

「嘘?あんなにラブラブだったのに」

「彼女も色々と料理を作ってくれたんだけど。押し付けっていうか、僕の気持ちに合わせてくれたものじゃなかったんだ」

「……そうだったんだ。知らなくて、ごめんね」

「ハハハ。まだ誰にも言って無かったんだよ。でもさ、この前の美咲のカレー。僕の嫌いな人参も入ってないし、僕だけ特別なメニューを用意してくれたでしょう?」

「まあね。栄養は別に取ればいいし。食事は楽しくなくちゃ嫌なの」

こんな可愛い事をいう美咲の鼻を、純一は思わず一指し指で、そっと触った。

「美咲は当たり前にやっているけど、僕は……嬉しかったよ」

そんな彼から美咲はそっと離れた。

「美咲?」

「ご飯ならまた作るからさ。元気出して、純一さん!試合がもうすぐ始まるでしょう?」

「試合の事ばかり……」

「当たり前でしょう。試合が失恋の傷を癒してくれるわ。私はお料理で純一さんを励ますから。ね?」

「美咲が癒してくれてもいいんだけど」

「だめよ。みんなのスーパープレイが楽しみなんだもの」

「みんな、ね……」

こういう返事が来ることは知っていたが、やはり落ち込んだ純一を分かってない美咲は彼を必死で励ました。

「ほら。元気出そうよ!今度、純一さんの好きな物をつくるから」

こうして美咲は、純一に家まで送ってもらい夕刻、家に帰って来た。


「純一さん。兄貴に挨拶して帰ってねって?……あれ、靴が一杯ある」

「みんな集まっているんじゃないの。あ?うわ!」

リビングに入った美咲は、立っていた陽司の胸にぶつかった。しかし彼は美咲に目もくれず、純一に向かった。

「……お帰り色男?さあどこだ?美咲の彼氏の和希は!」

「うわ?」

意地悪顔の陽司はいきなり純一にヘッドロックを掛けた。

「何するのよ?止めて!」

「うるせえ!」

「陽司、ギブアップ……」

「バカ!純一さんを離して!それに和希さんは、楓さんと復縁したの!!」

「何だと?じゃあお前は和希に振られたのか?ハーハッハッハ……」

技を解いた陽司は、ソファでくつろぐロミオの肩にもたれた。そんなロミオは意地悪そうに美咲の髪を弄んだ。

「髪も綺麗にセットして、メイクもしたのに、残念だったね?」

すると翼とゲームをしていた尚人も冷たく言い放った。

「美咲のその服、見たこと無いけど。もしかして本気だった?」

「……」

涙が出そうになった美咲は、ダッシュで自室へ逃げ込んだ。

……今日は和希さんのためにケンカデートの検証をしただけなのに。普段おしゃれをしていない私が悪いのかもしれないけれど、女の子っぽい恰好したら、そんなに変なのかな?……


高身長を気にしている美咲は、普段は可愛い服が似合わないと思っておりこれを控えていたため、男子に冷やかされて思いっきり傷付き、ベッドを涙で濡らしていた。

「ううううう。しくしくしく」

トントントンとノック音がした。

……けれど、無視!

「美咲」

「陽司さんのひげ面なんか見たくないから。勝手にラー油でも飲んでなさいよ!」

トントントンとノック音がした。

「ごめん、美咲?可愛いからついからかっただけだよ」

「ロミオなんか大嫌い。あっち行って!」

トントントンとノック音がした。


「バカ尚人!ノックもしないで!」

トントントンとノック音がした。

「……美咲。俺だ、透だ。ここを開けてくれ」

「透さんが謝る理由なんか無いでしょう」

「俺が主将だから。部員の言動に責任があるよ」

真面目な透が気の毒と思った美咲は真っ赤な目でそっとドアを開けた。そこには困った顔の透がいた。

「入っていいか?謝るだけだから……もうそんなに泣くな」

「……だって。みんなひどすぎで」

思わず美咲は透の胸でおいおいと泣いてしまった。

「許してくれ。みんなお前の事を心配していたんだ」

「あれのどこが心配なのよ。しかも心配って何?東京タワーで遭難すると思ったの?」

「遭難とは思わなかったけど。みんなお前が本気で和希と付き合うんじゃないかと思ったんだよ。よいしょっと」

そう言うと透は腕を伸ばして美咲にティッシュを取ってくれた。

「そんなはずないでしょう……」

「確認するが、純一とも何でもないんだな?仲良さそうに帰ってきたし。それにその服、出掛けた時と違うようだから」

透は美咲の両腕を掴み、自分の胸からそっと離した。

「透さんまでそんな事言うの?これは途中で買った服!もういい。そんなに似合わないなら脱ぐから……」

「おい!落ち着け」

バッテン脱ぎをしようとしたクロスした美咲の両腕を、彼はぐっと押さえた。

「止めろ。俺の前で脱ぐな!」

「尚人がバカにしたもの。脱いで……捨てる!」

「似合っている!すごく可愛いぞ!?バカなのは尚人の方だ。美咲は服などなくてもそのままで可愛いぞ」

「ううう。そんな風に想っているのは世界で透さんだけだよ!」

すると彼はひしと美咲を抱きしめた。

「……だめか?俺だけじゃ」

「え?」

「……美咲―。腹減った―」

一階から兄の声がしたが、彼女の耳は透の声しか入って来なかった。

「お前の事を可愛いと思うのは、俺だけじゃだめか?」

「美咲―。メシー」

「世界中の人が、お前を可愛いと思わないとダメなのか……どうなんだ?」

「十分です」

「美咲―。まだ?ー」

「先輩!もう終わりますから!あのな?美咲」

「はい」

透はここで美咲をじっと見つめて、体育会系で最後の説得を決めた。

「今日のお前の服、俺は好きだ。だからそんなに卑屈になる必要はない!」

「はい!」

「でも今日はもう封印しろ。俺は部屋の外で待っているから、着替えて出て来い、分かったか?」

「はいっ!!」
 

そんな美咲が着替えを済ませて涙を拭きドアを開けると、そこには透が待ってくれた。そしてそっと頭を撫でてくれた。悔しいけれど、嬉しかった彼女は彼の背に隠れながらキッチンに移動した。

「お?もう部屋から出て来たのか。最短記録じゃないか?」

「うん」

キッチンに現れた兄貴は、優しく妹の髪をくしゃと撫でた。

「気にするな。奴らは俺がシメテおいたから」

「フフフ……すぐにみんなのご飯はできるから、待ってね、兄貴」

そうして美咲ははみんなの夕食を完成させた。

「はい!これは透さんと純一さんのオムライス」

「うわ。美味しそう」

「はい!これは兄貴のチキンライス。卵が少なくて包めなかったの」

「いいさ。旨そうだ、な、透」

「はい!」

「はい。これはチャラ男。これはヒゲ。これは……の」

「「「これ?」」」

意地悪三人組が揃ったところで翼はバンと手を合わせて挨拶した。

「じゃあ食うぞ!頂きまーす」

そして一同は一斉にスプーンを持った。

「……美咲?僕のオムライス。ケチャップご飯じゃないよ?ただのライスだし」

「……おい。ロミオはまだ卵焼きが載ってるが、俺のは白いご飯と生卵だけか?」

「僕のご飯は冷凍のまま?……」

そんな三人をよそに、幸せ三人は美味しく食べていた。

「美咲。この卵美味しいね。何が入っているの」

「さすが純一さん!二人のオムライスの卵は生クリームを入れて、バターでとろとろに焼いたの」

これを聞いた見た目だけがオムライスのロミオはああと大きな声を出した。

「ずるいなぁ、二人だけ。あ?!透のだけ、ケチャップでハートが描いてある!」

ロミオの声に全員が透のお皿に注目した。

「ん?気が付かなかった。みんなは違うのか?」

「アハハハ。藤袴の主将はこのくらい神経が図太くなくては務まらない。お前達、透と俺を、もっと見習え!」

スプーンを振う翼に、透は不思議そうに首をかしげながら食べていた。そんな彼にロミオはぬっとテーブルの中央に腕を伸ばした。


「もういいもん美咲?ケチャップ貸してよ。僕は自分でハートを描こうっと!」

「ロミオはまだいいさ。俺なんて卵かけご飯じゃ字は書けねえし」

すると美咲は陽司の背後にすすとやって来た。

「うるさいな。こうして……はい!ラー油でハートを描きました!っと」

「……おい美咲。なんだよ。この差は?」

「ぷっ。焼いてすらもらえない……」

「はあ?尚人。お前こそ、って?何美味そうなもの食べているんだ?」

気が付くと尚人の料理は別な品になっていた。

「いいでしょう?僕はさっきご飯を勝手にレンジで解凍して、冷蔵庫に入っていた鯛の切り身でお茶漬けにしたんだ」

「それよりも美咲、俺、お代わり!」

「あ。ごめんお兄ちゃん。こんどはカルボナーラになるんだけど、他に食べたい人は?兄貴に、純一さん、透さん。チャラ男にヒゲと……か、六人ね。この器は丼の方が良いかな……」

こうして真田家の食卓は、今夜もにぎやかに過ぎて行った。


つづく


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