二重人格者の初恋
「おはようサトシ」
鏡に貼ってあるポストイットを剥がした私は、ポストイットを丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
『なんであいつは、いつもポジティブなんだよ。』
私は鏡に映る自分の顔を見つめながら、歯を磨き始めた。

この身体になってから、今日で5年が経過した。
いつになったら、私は一週間の全てを送ることが出来る生活が出来るのだろう?
このまま一生、ヒロシと一緒の身体を共有し続けると思うと、背筋がゾッとした。

『あーあ、早く解決策が見つからないかなぁ。』
そんなことを思いながら、歯を磨き終え、髪をセットし、昨日サトシが脱ぎ散らかした洋服を拾い上げては洗濯機の中に放り込んでいった。

『しかし、よくこんな派手な洋服を着れるな、ヒロシは。俺だったら絶対に買わないぞ、こんな服。そもそも、これ私たちの顔に似合うのか?』
ヒロシと私は性格は真逆、趣味趣向も何もかもが異なっていた。

ヒロシは芸術家タイプの人間だった。右脳が発達しているらしく、飛び抜けた感性を持ち合わせており、ヒロシが作り上げる作品に世の中の人たちは魅了され続けている。

こんな面倒な身体ということもあり、ヒロシは顔出しを一切していなかった。SNSに自分の作品を投稿した所、瞬く間に拡散され誰一人、顔を見た事のないミステリアスな天才として世間に認知されていった。

手に持っていた洋服を興味本位で身体に当ててみたが、案の定、私にはこの洋服が自分に似合っているとは全く思えなかった。

『芸術家って奴は変わっているからな。凡人の私には全く別のものが見えているんだろう』

私は散乱していたヒロシの洋服を全て洗濯機に入れ終わり洗濯機を回し始めた。


洗濯を片付けたあとは、家の掃除だ。
ところどころに飛び散った絵の具や、丸められた画用紙、木屑などヒロシの創作活動の後片付けも私の仕事になっていた。

最初はヒロシも自分でやっていたのだが、ある日私が代わりに片付けをしてあげたばっかりに翌日から後片付けをすることを放棄したのだ。
放っておけば良いと頭では分かっているものの、自分の家が汚れていることがどうしても許せない私は結局、掃除をしてしまう。

でも、この掃除のおかげで私はヒロシの作品の観客第一号になれているのだと思うと少しだけ得した気分になるのも事実だった。

ぶっちゃけ素人の私には、何が評価されているのか全く分からない作品も多々あるが、中には非常に綺麗な色で描かれた風景画などもあり、これらの作品はお世辞抜きで何時間でも見ていられる、心を鷲掴みにされ離してもらえないような気持ちになる。


ふと時計を見ると、時刻はすでに朝の7:00を回っていた。
「ヤバッ」
私は手に取っていた絵を傷つけないように元に戻すと急いで掃除の続きをして、朝食の準備に取り掛かった。
< 1 / 62 >

この作品をシェア

pagetop